第34話 シャイアの町、復活した古代魔族に襲われる!Ⅶ

 まさか背後に居るとは思わなかったのだろう。

 俺を見るなり魔族が声にならない声を上げる。

 振り向いたその顔から目が飛び出そうになっており、鼻から鼻水まで出ている始末だった。

 その反応を見るに、今の一撃で俺を仕留めるつもりだったらしい。


 なんて俺が思っているうちにも奴は後ろに跳んで、


「どうやらスピードには自信があるようですね!!?

 ならばッ!!!」


 エフォルの傍に降り立つ。

 そして彼の首筋に自分の爪を立てようとした。


「コイツを殺されたくなければその場を……!?」


 何か言おうとしたみたいだけど、途中で止まる。

 エフォルがその場に居ないことに気付いたのだ。

 彼は俺のすぐ傍で横になっている。


「ヴィ……ヴィトス……ッ!!?

 今何をしたんだ!?」


「転移魔法……!?

 いやそんなはず……!

 奴は詠唱をしていないし、大気中の魔力変動も感じ取れなかった……!

 いったい……ッ!?」


 二人は驚いている。

 特別な事は何もしていない。

 今の一瞬でエフォルの所まで行って、彼を抱えて戻ってきただけ。


 ちなみに俺のスピードで動くとエフォルの体に負担がかかってしまうので、つま先立ちでコッソリ歩いた。

 感覚なんだけど、音を消して歩くと衝撃もかなり押さえられる。


「ば……バカなああああああああああああああああッ!!!!!」


 魔族が拳を握り締めて叫ぶ。

 すると、元々巨大だった腕や足や胸筋が更に一回り大きくなった。

『純粋核』から引き出した魔力を全身に蓄えているのだ。

 恐らく『スピードがダメでもパワーなら押し切れる』と思った結果だろう。

 加えて奴は俺が攻撃を避けられないと考えている。

 なぜなら俺の傍にはエフォルが居るし、その更に背後には町があるからだ。

 そこには逃げ遅れた町の人たちや、彼らを救出中の魔族や山賊や冒険者そして俺の同僚たちが居る。

 つまり……。


「どうだあああああああ!!!?

 貴様が避ければ他の奴らが死ぬぞおおおおおお!!!?

 これで動けまいいいいいいい!!!!」


 今魔族が言った通り。

 俺が避ければ仲間が死ぬという構図だ。


「これでせっかくのスピードも台無し!!!

 全く愚かですねえ!!!!

 魔族のクセに下等生物のゴミを庇うからそうなるのです!!!!

 一緒に仲良く消えなさい!!!!」


 魔族が耳元まで裂けた口を大きく開けて、下品に笑い出す。

 一方俺は思案していた。


 うーん。

 ママスのバリアがあるから多分大丈夫だとは思うけれど。

 絶対安全とは言い切れないからいちおう俺が処理しておこうか。


「よし。こい」


 そう決めた俺は魔族に言った。

 ちゃんと俺を狙ってくるように指先をチョンチョン動かして挑発もしておく。


「ふざけやがってえええええええ!!!!?

 汝は慈救じくたる獄の煉劫れんごう……ッ!

 為るは万物死滅の烙火らくか……ッ!

 今一切のくびきを解きてッ!!

 我が前に膨出せよッ!!!

 超炎系統魔法第6番・破壊・爆熱竜火砲ドラグマイトオオオオオオオオオッ!!!」


 魔族が全身に蓄えた魔力を右手のひらに集中させた。

 それと共に長い詠唱を唱える。

 これは『大呪だいじゅ』と呼ばれる詠唱法であり、さっきママスが行った名称のみの詠唱に比べて三倍近い火力を生み出す。

 魔法自体はアクシーツがよく唱える奴だが、威力はけた違いだ。


 なんて思っている間にも「死ねええええええええええええッ!!!」魔族が叫んで俺に魔法を放つ。

 本来扇形に広がる魔法が、凝縮されて丸太大の光線として発射された。

 俺は俺目掛けて飛んできた熱光線を指先で押し返す。


 なるだけ丁寧に。

 俺がちょっとでも力を入れると、繊細に組み込まれた魔力構成を破壊してしまう。


 やがて熱光線が放たれたのと同じ威力と速度で魔族に向かい戻っていった。

 奴が驚く間もなくその右肩付近に直撃する。


「なああああああああ……っ!!!」


 直撃した奴の右肩部分が円形に溶け、骨ごと失われていた。

 自分で込めた魔力に奴の肉体は耐えられなかったようだ。


「偉そうなことを言ってた割にこの程度なんだね。それじゃ反撃といくかな」


 俺がそう言うと、軽く魔族の腹を突いた。

 それだけで花火の打ちあがるような小気味のいい音と共に魔族の体が宙に吹っ飛ぶ。


「ガハァッ!?」


 俺は落下してきた魔族の首根っこをワシっと掴むと、連続で魔族の体を小突き始めた。


「ピョッ!? ピョッ!? ギョフッ!?」


 胸・腹・左肩・足・顔面。

 俺が突いたところがベコッと凹み、内部の骨が砕けるメキャっという音が辺りに響く。

 十秒ほど突いただろうか。

 魔族の体は紫色に腫れあがり、血だまりの中に倒れ伏している。


 勝負にもならない。


「そろそろ終わりにしようか」


 俺がそう言って拳を握ってみせると、


「フヒイイイッ!!?」


 途端に魔族が震え出した。

 俺との力の差が体感レベルで理解できたのだろう。

 大きな体を縮めて、地面に額を擦り付ける。


「そそそそそうだッ!!

 アナタ、私と手を組みませんか!?

 私とアナタが汲めばどんな事でも思いのままです!!!

 他のすべての生き物を永久に見下して暮らせますよ!!!?」


 そして残った左手をこちらに見せながら言った。

 俺に媚びるように微笑んでいる。

 どうやら力の差を理解したらしい。

 魔族なんて所詮こんなものだ。

 エフォルならこの程度、全然立ち向かってくる。


「残念だけど、そういう生活はとっくに飽きてる」


 そんな奴に対し俺は言った。

 力による支配に興味はない。

 生まれたときからずっと俺は恐れられている。


「なあああああああああッ!!?」


 魔族は膝を突いたまま後ろに下がり、今度は這いつくばって俺を見上げてきた。

 この十五年で何回見てきたか分からない光景である。


 俺は構わずスタスタと歩き、奴との距離を詰めていく。


「ししし臣下でいいッ!!!

 お前に絶対の忠誠を誓う!!!

 だから頼むッ!!

 命だけは許してくれえええええええッ!!!」


 魔族が目から大粒の涙を垂れ零しながら叫んだ。

 俺は歩むのを止めない。


「ヒイイイイイイイイイッ!!?」


 それを見て、奴が逃げ出そうとして両足で大地を蹴った。

 だがさせない。

 奴の足を掴んで、地面に引きずり倒す。


「死にたくないいいいいいいいッ!!!!?」


「許してあげるつもりだったんだ。

 キミ程度の魔族なんか居ても居なくても変わらないからね。

 でもキミはやってはならない事をした」


 俺はアムさんを想う。

 さっき気絶したアムさんを見たとき、その顔は怒っていた。

 あれは大切なものを守ろうとする時の人間の顔だ。


「お前は俺の大事な人を傷つけた。

 それだけじゃなく気持ちまで踏みにじったんだ。

 もう許さない」


 言って、俺は握った拳を振りかぶった。

 すると、


「わっ、私はアイツらよりも優れております!!!

 必ずやアナタ様のお役に立ちますからどうか下僕しもべにしてください!!!」


 魔族が祈るように両手を合わせて叫ぶ。


 だが力ならママスたちの方が上だし、人間にもコイツより優れた部分がある。

 それをコイツに教えてやろう。


「魔族のお前には分からないかもだけど、人間にはすごい能力があるんだ。

 彼らは《他者のために命を賭けられる》」


「な……ッ!?」


 魔族がポカンとした顔で俺を見返す。

『何を言ってるのか分からない』といった顔だ。

 他者のために命を賭けられるのは、俺の知る限り人間と動物の一部にしか見られない稀有な特性である。

 もしかしたらセラス辺りならできるのかもしれないが、魔族でそうした事例はまだ一例も報告されていない。


「……ッ!!!」


 俺の言葉を聞いて、すぐ傍に居たエフォルが凄い形相で唇を噛み締めている。

 更には離れた場所でセラスも「くっ……!」何やら後ろめたそうに視線を逸らしてるのが見えた。


「この私が……ッ!!!

 ニンゲンなどに劣るゥッ!!!?

 そんなはずはないいいいいいいいいッ!!!」


 魔族はそう叫ぶと、再び『純粋核』から魔力を引き出し始めた。

 失われた右肩部分が再生し、体も一回り大きくなる。

 だが中身はスカスカ。

 一度使った魔力はそう簡単に回復しないからだ。

 そんな体で俺に勝てるはずもないのだが、よほど目の前の現実(見下していた俺や人間たちよりも価値が劣るという事実)を認めたくないらしい。


「死ねエエエエエエエエエエエッ!!!」


 叫んで太い腕を振りかぶり、俺に殴りかかってきた。


「愚かだ」


 俺はそれだけ呟くと、振り上げた拳で奴の拳ごと『純粋核』をぶん殴った。

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