第25話 魔王の息子、勇者と戦う

 俺は幸先がいいと思っていた。

 こんなにも早く雷の勇者と出会えたからだ。

 後は交渉するだけ。

 早く帰ってお風呂に浸かりたい。


 あ、そういや帰りの事忘れてたな。

 屋敷までどうやって帰ろう……!


 俺がそんな風に悩んでいると、


「その服ギルドの職員か? 

 どうやってここに来た」


 雷の勇者が俺を見つめて言った。

 戦闘態勢は解いていないのだろう。

 彼の全身を覆う黒の鎧が帯電し、バリバリと音を立てている。


「はい。ギルドの職員なんですけど、今日は別件で会いに来たんです」


 俺はそう答えると、懐から名刺を取り出して渡そうとした。

 雷の勇者は手先だけ帯電を解いて、それを受け取る。


「ッ!?」


 勇者は驚いてしまった。

 渡された名刺には『魔王會ディアステマ二代目』と書いてあるのだ。


「お前が魔王の息子……!?

 どう見てもただの事務員にしか見えんが……!」


「事務員もやってます。シャイアの冒険者ギルドで勤めてまして」


 俺は淡々と答える。

 すると、


「魔王の息子が事務員だと……!?」


 よほど驚いたのだろう、勇者の凛々しい顔がゴリラみたいに変わった。

 確かに魔王は人類が長い間争ってきた敵である。

 その息子がよりにもよってギルドの男性事務職員(受付嬢目当てで応募してくる男が後を絶たず、それゆえ薄給で多忙な職業)をやっているというのだから、信じられないのかもしれない。


 でも戦争してたのは二百年も昔の事だしな。

 とりわけ寿命の短い人間にとってはかなりの歳月な気がするけど、なんでこの人こんなに真剣なんだろう。


 俺は思う。


 とりあえず本題に入るか。


「それで今日は勇者さんにお願いがあってきたんです。

 魔王會ウチの配下には一切悪いことをしないように言うんで、

 そちらも手を出さないようにして頂けませんか?」


「……」


 俺がそう言うと、勇者は沈黙した。

 どうも迷っているように見える。


「魔族とは色々あった。

 お前たちに踏みにじられた人々の事を考えれば、到底そんな約束は交わせないだろう。

 だが我々とて争いを望んでいるわけではない。

 争えば互いが不幸になるだけだし、復讐の連鎖もどこかで絶つ必要がある」


 勇者の表情は険しかった。

 その険しさは、二百年前から来たんじゃないかと思うレベルである。

 もしかしたら魔族に酷い目に遭わされたのかもしれない。


 そんな事を考えつつ、話を続ける。


「そうだよね。

 俺もこれ以上の争いは無駄だと思ってて」


「ああ。

 だが俺の一存では決められん。

 まずは『勇者連盟』に話を通して……」


 雷の勇者がそこまで話した時、


「殿下危ないッ!! 『爆熱竜火砲ドラグマイトオオオオッ!!』」


 突然誰かが雷の勇者の背後ににじり寄り、その後頭部めがけて特大の爆熱魔法を放った。

 アクシーツだ。




 □□




 アクシーツが放った魔法の威力はすさまじかった。

 ゴウゴウという物凄い音と共に、百メートルはあろうかという天井まで届くような巨大な火柱が現れ、一瞬で雷の勇者を飲み込んでしまったのだ。

 辺り一面を覆っていた氷雪が一瞬で蒸発し、更に結晶化していた魔力も大気中へと無散していた。


「ホッヒヒヒヒヒヒィッ!!

 危なかったですなァ!!

 この者殿下のお命を狙っておりましたぞぉ!!!」


 アクシーツは高笑いした。

 まさかこれほど簡単に不意打ちが決まるとは、と思っていたのである。

 彼はヴィトスと雷の勇者が話していたその横でずっと考えていた。

 勇者が自分たちに手を出さないというのは良いが、自分たちが悪さをできないというのはよろしくない。

 もしそんな約束をしてしまえば、彼が魔王會大幹部の権力を傘にやっていた小狡い商売もできなくなる。


(だがこのアクシーツの前で油断したのが運の尽きよ!!

 今の一撃は『魔法圧縮』という技術を使って、数十発分の爆熱魔法を一度に放つワシの必殺技!!

 超強化された炎撃は、たとえドラゴンでも一発で消し炭になるッ!!)


「わははッ!!

 勇者を一人ブチ殺してやったわッ!!

 これで次期魔王の夢がまた一歩近づいたわいッ!!」


 調子に乗ったアクシーツがつい本音を漏らした。

 すると、


「あー……もしかしたらやるかなーとは思ってたんだけど。

 アクシーツって相手の実力わかんないんだね?」


 ヴィトスが言った。


「へ?」


 アクシーツはきょとんとしてしまった。

 直後。


 ――ピッジャアアアアンッ!!!


 特大の雷が炎の柱に落ちた。

 その威力や凄まじく、天井まで立ち上っていた炎が一瞬でかき消されてしまう。

 直後、黒煙の中から雷の勇者が現れた。

 全くの無傷である。


「貴様……ッ!!」


「フッヒイイイイイイイイイインッ!?」


 勇者の青い目に睨みつけられ、アクシーツはその場で跳びあがった。


(火傷一つ負ってないッ!?

 ワシの必殺魔法だぞッ!?)


 アクシーツには到底信じられなかった。

 自分の魔法に耐えられる存在など魔王以外には居ないと思い込んでいたからである。


「俺も学習しないな。

 魔族とはこういう連中だった」


 雷の勇者が呟く。

 その青い目は怒りに燃えていた。

 全身からバチンバチンと火花が散っている。

 勇者は完全に戦闘態勢に入っていた。


(やばいやばいやばいやばいいいいいいッ!?)


 余りの恐怖にアクシーツは鼻水を垂らし、その場に腰を抜かしてしまう。

 すると、


「ごめん。

 そんなに怒らないでよ。

 全然効かなかったでしょ?」


 ヴィトスがアクシーツの前に割り込んで言った。

 この状況でも全く動じない彼の姿にアクシーツは、


(まさか……!

 こいつ、ホントに強いのか……!?)


 一筋の光明を見出す。


(たしかに一見ただのアホにしか見えない……ッ!

 だが以前にも確かママスが負けたという話も聞いたし、あながち全てがウソだとも言い切れない……ッ!

 加えてこの言動……ッ!!

 よほどの自信がないとムリ……ッ!!

 ならばその自信の裏付けとなる力がコイツに……ッ!?)


 アクシーツはそう期待せざるを得なかった。

 ヴィトスが強くなかったら自分が死ぬからである。


(謝る……ッ!!

 ワシがこれまでバカにしてきた事全部……ッ!!

 だから頼む……ッ!!

 なんでもいいから勇者を倒してくれ……ッ!!)


 アクシーツはすがる思いでヴィトスに運命を託した。


「魔族は滅殺するッ!!!」


 雷の勇者が叫ぶ。

 直後、轟音と共にアクシーツの視界から勇者とヴィトスが消える。


「!?」


 アクシーツがそれに気付いたのは、数秒後の事だった。

 勇者が目にもとまらぬ速度でヴィトスを攻撃し、吹っ飛んだヴィトスが数百メートル後方にあった神殿らしき遺跡の建物に激突したのだった。

 神殿は衝撃で半壊する。

 勇者は更に、ヴィトスが倒れているだろう建物に向かって数百発の雷を落とした。

 ヴィトスが起き上がってくる気配は全くない。

 そこに雷の勇者が無数の雷を伴ったキックを放つと、ボロボロになったヴィトスが空中を流星のように飛んでいくのが見えた。

 勇者は更に追撃する。


(ダメだああああああああああああッ!?

 やっぱアイツ弱いッ!?

 このままじゃワシも殺されええええええッ!?)


 アクシーツは慌てふためいた。

 彼の目には一方的な戦いに映っていたからだ。

 現に凄まじい攻撃を繰り出す雷の勇者に対し、ヴィトスは何一つ抵抗していない。


 その一方で雷の勇者も焦っていた。

 攻撃が効かないのである。

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