第31話 シャイアの町、復活した古代魔族に襲われる!Ⅳ

 荒野に風が吹き、砂煙が晴れてゆく。

 やがてその向こうから、体長四メートルはあろうかと言う巨大な二足立ちのドラゴンが現れた。

 独特な爬虫類顔や、肌の色などからドラゴッドだと分かる。

 だが全身の筋肉が盛り上がり、体の大きさは二倍近くに膨れ上がっていた。

 鉄板のような胸筋の中央部分には、赤銅色をした大きな宝石のようなものが輝いている。


「あ……ああ……!」


 アムは一般人である。

 魔力を持つ冒険者と違い基本的には魔力を感じることがない。

 だがそんな彼女も、凍てつくような重圧を感じていた。

 ドラゴッドの体から放たれている魔力が余りに高すぎるために、ごくごく微量しかないアムの魔力が影響を受けているのである。


(なに……!?

 変身したの……ッ!?)


 アムが疑問に思うと、


「まさか……ッ!

 そんな……ッ!?」


 呆然と立ち尽くすアムの横で、ようやく起き上がってきたキンバが呟く。


「あれは『究極魔獄超越形態エマネーション』……ッ!

 普段暮らしやすいように抑え込んでいる魔力を漸減無く噴き出す魔族の闘争特化形態……!

 魔族の心臓部分とも言える『純粋核ニュークリア』を肉体という殻から開放し外部に露出させることで圧倒的な力を行使できるというもの……ッ!」


「ですが『純粋核』に直接干渉するためには莫大な魔力が居ります……!

 私が今の千倍の魔力を手に入れたとしても恐らく足りないでしょう。

 そんなものを扱える魔族が本当に居たとは……!」


「信じられなイ……!?」


 キンバに続きルガルやザラフ、ギンバもその場にうずくまったままで言った。

 それほどの相手と知って彼らが逃げ出さないのは、力の差が圧倒的過ぎるからだ。

 下手に動けば殺されると本能レベルで理解しているのである。


「フウゥゥゥゥ……!

 私の趣味とは異なりますから、あまり使いたくはなかったんですけどねえ。

 一度これを行ってしまうと魔力が垂れ流し状態になってしまいますから、細かいコントロールが効かなくなるんです。

 いたぶって殺すという事がやりにくくなる」


 ドラゴッドはそう言うと、ルガルたちを見やった。


「「「「ひひィ……ッ!?」」」」


 ただそれだけで、ルガルたちは一斉に震え上がって動けなくなる。

 そんなルガルたちを尻目に、ドラゴッドは正門の方を見た。


「ですが、彼ならちょうど良さそうですね。

 頑丈そうです」


 そこでまだ生存しているであろう敵を見つめて、ニンマリとほくそ笑む。

 直後。


 ピジャアアンッ!


 瓦礫の山が一斉にはじけ飛んだかと思うと、エフォルが飛び出してくる。

 彼はアムたちの前に降り立ち、


「コイツは強い! お前たちは早く逃げろ!!」


 アムたちの方は見ずに叫ぶ。

 すると、


「勇者!

 そいつの弱点は胸の宝石だ!

 それさえ砕けば倒せる!!」


 ルガルが叫んだ。


 魔族は無能に価値を見出さない。

 同じ魔族だろうが生き物とは見なさなくなるのである。

 唯一価値を見出すとすればゴミムシのようにすり潰すその瞬間だけだろうか。

 このままでは自分たちもそうなると、ルガルたちは確信していた。

 勇者にはなんとしても倒してもらわなければならない。


「情報感謝する!」


 エフォルはそれだけ叫ぶと全身から魔力を噴き出した。

 雷が二重三重にエフォルの体に落ちる。


「魔族!

 貴様だけは生かしては置かんッ!!

 はああああああああああああッ!!!」


 エフォルは両こぶしを握って体内魔力を高め始めた。

 その膨大な魔力量に呼応し、正門の辺り一帯の地面が揺れ始める。

 雷は更に落ち続けた。


「うおおおおおおおッ!?」


 その余りの魔力量にルガルたちが慌てふためく。


(私でも分かる……!

 この一撃なら……!)


 エフォルが蓄える凄まじい魔力に、アムは期待を抱いた。

 だが。


「隙だらけですよ」


 そう言ったかと思うと、ドラゴッドの姿が消える。

 一瞬でエフォルの前に現れた。


「ッ!?」


 エフォルは咄嗟に溜めかけていた魔力をドラゴッドの『純粋核』を目掛けて放とうとした。


「な……に……ッ!?」


 ガクリ。

 エフォルがその場に膝を突く。

 彼が魔力を放つよりも先に、ドラゴッドがその太い腕でエフォルの腹を突いたのだった。

 集まっていた魔力は四散しエフォルは吐血する。


 エフォルも敵前で力を溜める危険性は充分に理解していた。

 だが他にどうしようもなかったのである。

 彼は攻撃が来ると身構えていたのだが、ドラゴッドの余りのスピードに対処できなかった。


(せめて一緒に戦える人が居れば……ッ!)


 アムは刹那に思う。


「ただ食らっても面白くありませんし、潰させて頂きました」


「貴様あああああああああッ!?」


 エフォルはその場に立ち上がり、再度ドラゴッドに攻撃しようとする。

 だが直前で避けられ、背後に回られる。


「そこだッ!!」


 殺気を感じ取って、エフォルは後ろ回し蹴りを放つ。

 だが。


「後ろです」


 ドラゴッドが更に背後に回り込む。

 そのスピードはエフォルを遥かに凌駕していた。

 そして、


「チェッ!」


 舌打ちのような声と共に、手刀でエフォルの右手首を切り落としてしまう。


「ウグ……ッ!?」


 手首に焼き切られるような激痛を感じ、それでもエフォルは反撃に出ようとした。

 だが腕を掴まれ、先に突きを食らった腹部に今度は膝蹴りを貰う。


「フッ……!

 切れてしまいましたか。

 軽く手を振っただけなのですがねえ」


 ドラゴッドが一瞬動きを止めて言った。

 その顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいる。


「ハアアアアッ!!!」


 エフォルが雷の魔力を込めた膝蹴りをドラゴッドに食らわそうとした。

 だが膝は手のひらによって叩き伏せられ、直後にドラゴッドの凄まじい連打がエフォルの全身を襲う。

 その一発一発には凄まじい力が込められていた。

 普通の人間ならば、いや魔族であっても消し飛ぶようなレベルの拳である。


 やがてドラゴッドがエフォルを掴まえていた手を離すと、


「がはあ……ッ!?」


 ぼろ雑巾のようになったエフォルが地面に落下し吐血した。

 全身の骨が砕けている。

 もはや立つことすら困難だった。


「ホホホ!!?

 ちょっと強すぎましたかね!?」


 エフォルの無様な様を見て、ドラゴッドが高らかに笑い出す。


「あ、あんなに強い奴が……!?」

「まるで子供だぜ……!!」


 その様を遠巻きに見ていたザムザ達が思わず呟く。

 彼らの顔面は蒼白となり、全身ガタガタと震えていた。


「い、一か八か、みんなで逃げレバ!?

 一人くらい助かるカモ!」


 ギンバが逃走を提案する。


「それも不可能だ。

 せめて《戦いになっていれば》一人ぐらい逃げられたかもしれないが」


「ああ。

 魔族にとって、弱者をいたぶる事は極上のデザートも同じ。

 あの勇者はもちろんの事、我らも見逃すわけがない」


 だがその案は、ルガルたちにより一蹴されてしまった。

 同じ魔族であるがゆえに、彼らにはドラゴッドがどうするか理解してしまう。


「そんナ……!?」


 もはや生き残る術が無いと告げられ、ギンバがその場に尻もちを突く。


「だったら! 私たちも加勢しましょう! みんなで戦えば、もしかしたらッ!」


 そんな彼らに向かい、アムが叫んだ。

 彼女とてドラゴッドの強さが分からないわけではない。

 むしろザムザたちより弱い分、恐怖は遥かに強かった。

 この場で最も弱い小太りオークのギンバですら、平手打ち程度でアムを失神させられる。

 現に彼女の足は震え、顔面も蒼白だった。

 勝算など勿論ない。

 だがそれでもエフォルをこのまま見捨てるわけにはいかなかった。

 このままでは、彼だけでなく町の人たちも同じ目に遭わされてしまう。


「無理だ……!!」

「勝てるわけが……!!」


 そんなアムの呼びかけに対し誰一人として戦おうとする者は居なかった。

 その場の全員が戦意喪失する中、


「……ッ!!」


 アムは一人ショートソードの柄を握りしめる。


 一方彼女たちがそんな話をしている最中も、ドラゴッドによるエフォルへの執拗ないたぶりは続いていた。


「ホホホ!

 少しずつですが手加減する方法が分かってきましたよ!?

 爪の先でこう弾きますとッ!」


 ドラゴッドが楽しそうに言いながら爪の先でエフォルの指を弾く。


「グアアアアッ!?」


 すると指は反対方向に折れ曲がってしまった。


「気持ちいい声ですねえ!!!?」


 ドラゴッドは同じ調子でエフォルの指を次々と折っていく。

 やがて、


「まあニンゲンにしては強いほうでしたね。

 褒美に一撃で消し去ってあげましょう」


 ひとしきりエフォルの叫びを聞いた所でドラゴッドが言った。

 無防備な彼の頭に手のひらを向ける。

 すると、手の前に人の頭大の炎の玉が現れた。

 大砲を破壊した時よりも一回り大きい。

 確実にエフォルを消し飛ばすつもりである。


「喜びなさい」


 そう言ってドラゴッドがエフォルを焼き尽くそうとしたその時、


「イヤアアアアアアアアアアアッ!!!」


 突然甲高い女の声と共に、アムがショートソードでドラゴッドに斬りかかった。

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