第11話 ヴィトスVS魔王會系闇組織ダークバトラの息子Ⅰ

 山賊団による町襲撃事件から暫く経ったある日。

 冒険者ギルド『ホワイトレイブン』一階の事務室でヴィトスは上司から叱られていた。

 遅刻が余りにも多すぎるからである。


「キミ!

 この仕事をなめてるんじゃないかね!?

 今月何回目だと思っているんだ!!」


 今年50歳になる、頭頂部がやや寂しげな男性社員がヴィトスに向かって言った。

 彼はこのギルドのギルドマスターで、いわば支店長的な立ち位置の職員であった。


「すんません!」


 俺はギルドマスターに頭を下げた。

 勤務時間という事もあり、事務室内の同僚たちはみんな片手間に俺の事を見ている。


 この声だと受付まで響いてるだろうな。

 あんまりアムさんの前でダメな所見せたくないんだけど。


 俺は思う。

 最近ミスは減ってきたんだけど、遅刻が中々減らないのだ。

 主な原因は毎朝セラスとママスに捕まって色々させられてるからなんだけれど、それは言い訳にはならない。


「まったく!

 ゆっくり寝すぎなんじゃないかね!?

 もっと毎日に緊張感を持って暮らして欲しいものだよまったく!!」


 ギルドマスターの叱責が俺の耳に突き刺さる。


 いちおう始業の3時間前に起きてるんだけどな。

 もっと早く起きた方がいいのか。

 いやそもそもセラスやママスにもっと強く言えばいいのか。

 遊ぶのは帰宅した後にしてくれって。


 叱られながら、俺は対策を考える。

 正直あの二人を構うのは嫌いじゃない。

 だからつい流されてる所があるんだけど、ギルドの皆からすれば迷惑だろうしな。

 今後は改めないと。


「ギルドマスター。来客です」


 俺がそんな事を考えていると、アムさんがやってきて言った。

 いつも下げっぱなしの黒髪を今日はポニーテールにしてる。

 可愛い。


「次遅刻したら減給するからな!?

 覚悟しとけ!」


 ギルドマスターは俺をビシッと指差して注意すると、受付の方に歩いていった。

 するとアムさんが俺を見て、


「話ちょっと聞いてたけど、確かにヴィトスくんは遅刻が多いわよね。

 何か事情があるの?」


 言ってきた。

 事情はあるっちゃあるんだけど、皆からすれば仲間がしょっちゅう遅刻してくる訳だし、それで許される話ではない。


「はい。

 でも遅刻はよくないですよね。

 今後は改めたいと思います」


 俺が真面目な顔でそう言うと「そうね」アムさんがフッと微笑んでくれた。

 この笑顔のためなら頑張れる。


「そうそう。

 よかったらなんだけど。

 この間のお礼したいんだけど、今度食事でもどう?」


 アムさんが言った。

 言った……って食事ぃ!?


「え!? マジすか!?」


 一気に俺のテンションが爆上がりする。

 好きな女の子から食事に誘われるとか、これなんてご褒美!?


「もちろんオッケーですよ! 今日終わったらさっそく行きます!?」


「いいわね! ヴィトスくんは何食べたい?」


 お。

 アムさんの反応も思ったよりいいぞ。

 これは二人の仲を進展させるチャンス!


 そう思った俺が話を続けようとすると、


「業務一旦停止! 受付嬢は全員カウンター前に整列しなさい!!」


 受付のカウンターの方から、ギルドマスターの大きな声が聞こえてきた。


「なにかしら」


 アムさんが出ていく。

 俺もちょっと気になったので受付を覗いてみた。

 すると、


「ん~~~~!!

 チミたちガンバってるネェ!!!」


 珍妙な声がカウンターに響き渡る。

 そこに居たのは子供ぐらいの背丈をしたオークだった。

 ブクブクに太った体を銀色の宝石がちりばめられた燕尾服に包んでいる。

 すぐ傍には屈強そうなオークが二体おじさんを守るようにして立っており、それを一階のフロアに居た冒険者たちが遠巻きに眺めていた。

 たぶん受付嬢が居ないからクエスト受注できないのだろう。

 迷惑な奴らだ。


「イヤな奴が来たぜ……!」


 すると、いつの間にか傍に来ていたジャンクが言った。


「知ってるの?」


 俺は聞き返す。


「ああ。

 アイツは『ギンバ・ガマル』つって、ここいらで幅を利かせてる魔王會系闇組織の漆黒の戦斧會ダークバトラの會長の息子なんだ。

 うちの活動資金の6割を出してくれてるし、めちゃめちゃ怖いってのもあって誰も文句が言えねえんだよ」


 ジャンクの話を聞いて、俺はギンバの傍に立っているオークたちを見た。

 ああ、だからオークが一緒に居るのか。


「え、ウチも闇組織から資金援助されてるの?」


 俺は尋ねる。

 闇組織が冒険者ギルドを金の力で支配するってのはよくある話だ。

 表向きは人間のものだけど、実際の支配者は魔族ってギルドとか商会が結構ある。


「ああ。

 お金がないって弱みがあるからな」


 するとジャンクが眉をひそめて言った。


 元々このシャイアは辺境の町って事もあって冒険者ギルドが無かった。

 だけど冒険者は居たので、それでは仕事に困るという話になり、町の人たちでお金を出し合って作られたのがウチの冒険者ギルド『ホワイトレイブン』だ。

 だから基本的に金がなくって、そこに闇組織が付け込んだんだろう。

 目的は色々考えられる。


「へへえ!

 ギンバさんのお陰でして!!!」


 なんて俺が考えていると、受付嬢たちの端っこでギルドマスターが手もみしながら言った。

 文字通り頭が上がらないんだろう。


 でも、なんで受付嬢を立たせてるんだ?

 さっきからあのギンバとかいうオークが女の子たちをジロジロ見てるけど。


「うんむ? 少し長すぎやしないかネ?」


 ギンバが青髪ショートの受付嬢の前にしゃがみ込んで、突然スカートをめくりだした。


「きゃっ!?」


 青髪の子が慌ててスカートを押さえる。

 ギンバは女の子には構わず「んぅ?」更にめくりあげようとした。


 セクハラだぞアイツ。

 なにやってんだ。


「ギルドマスターくん!!

 これはイカンよ!!

 風紀が乱れとる!!

 もっと短くしないと!!!」


「はっ! ギンバ様申し訳ありません!!」


 ギルドマスターはまるで衛兵がするような調子でギンバに敬礼している。


 ギルドマスターも何で謝ってるんだよ。

 てか風紀乱れてるから短くするって逆だろ。

 ツッコミが追いつかない。


「ボクチンの指導が必要だネ!!

 とりあえずチミとチミとォ……!?」


 ギンバの目が、一人の受付嬢に止まる。

 それはアムさんだった。

 ギンバはアムさんの下に足早に近寄って、


「ちちちチミィ!!?

 最高にけしからん体をしとるナ!?

 これはボクチンの指導が必要だネ♡」


 興奮した調子で言った。

 遠目でも鼻息が荒くなっているのが分かる。


「ギルドマスターくん!

 彼女たちを少し借りるよ!

 それじゃチミたち、ちょっとうちの屋敷まで♡」


 言って、ギンバがアムさんの手を取ろうとする。


「強引すぎでしょ。

 もっと相手の事考えないとモテないよ?」


 俺はその手を阻むように二人の間に割り込んで言った。

 そのままアムさんを庇うようにして立つ。


「ヴィトスくん!?」


 アムさんが驚く。


「フン。

 チミさァ、このボクが誰様なのだか分かってる?

 クビ飛ばすよ?

 命的な意味で」


 するとギンバがバカにした調子で言ってくる。


「ひょっとして怒ってる?

 モテないって言ったの気にしてるのかな」


 なので俺がハッキリそう言い返してやると、


「なんだとこのクソガキ!?」


 実際気にしていたらしい。

 ギンバが血相変えて俺の事を睨みつける。


「おい!? ギルドマスター!!?」


 するとギンバは、何故か俺ではなくギルドマスターを見て叫んだ。


「ヴィヴィヴィヴィトスくん!?

 困るよ!?

 あっち行ってなさい!!」


 ギルドマスターは慌てて俺に言ってくる。


「ヴィトスくん。私なら大丈夫だから」


 続いてアムさんも心配した調子で俺に言ってきた。

 もちろん退くつもりはない。


「しょうがない。

 チミたち!

 このバカに身の程を教えてあげなさい!!」


 ギンバはそう言うとパチンと指を鳴らした。

 傍に立っていたオークたちが俺の前に立ち、バキボキと拳の骨を鳴らす。


 どうしようかな。

 ケンカしてもいいんだけど、俺が反撃すると大変なことになるし、またママスとか来たら大惨事になる。

 ここで戦闘になるのは避けたいんだけど、どうしようかな。

 そうだ。


「実は俺、ダークバトラの會長さんとは知り合いなんだ。

 よかったら俺も一緒に連れてってくれない?」


 俺はギンバにだけ聞こえる声で言った。


 こいつの屋敷ならちょっとぐらい壊れてもいいだろう。

 自業自得だし。


「ハァ?

 お前みたいなゴミがボクチンのパパの知り合いィ?」


 ギンバは疑うような目で暫く俺を見ると、


「面白い!!

 じゃあチミも一緒に連れてこう!!

 パパの知り合いなら《歓迎》してあげないとネ!!

 女の子たちはその後にたっぷり可愛がってあげるヨン!!」


 ギンバが下品に笑って言った。

 オークたちも同じようにニタニタしている。


「ヴィトスくん!?

 来ちゃダメよ!

 私なら大丈夫だから」


「俺の実家太いから大丈夫。

 じゃ、みんな行こっか」


 驚くアムさんたちを尻目に、俺は一人玄関に向かって歩き出した。

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