第6話 魔王の息子、町強盗に遭う

 朝、シャイアの町。

 ヴィトスの住んでいる屋敷とはギルドを挟んで反対側に大きな門があった。

 その門の前に門番たちの詰め所がある。

 詰め所は狭く、人が三人入るのがやっとだった。

 中の椅子に、今年50歳を迎えるベテラン門番が腰かけている。


「ふあ……ッ」


 門番は次々湧いてくる欠伸を噛み殺していた。

 退屈である。


(長い事門番してるけど、一度も事件なんて起こらねえもんな……!

 せいぜい今年に入ってモンスターの動きが活発になってるけど、それぐらいなもんだ。

 ありがたいこったぜ……!)


 彼は平和を享受していた。

 退屈なのは耐えがたいが、大して労働もせずお金を貰えるのは助かる。

 そんな風に思っていると、


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


 突然地響きが聞こえてきた。

 詰め所の柱や壁がギシギシと揺れる。


「な、なんだこの地響きは!?

 地震か!?」


 門番は慌てて詰め所を出た。

 すると町の外、丘の上から無数の巨大なイノシシ型のモンスターたちがシャイアを目掛けて突進してくるのが見える。

 それらのイノシシの上には半裸の野蛮そうな男たちが跨っており、その数はざっと見積もって数百人は居た。

 まだまだ増えている。


「さ……山賊だああああああああああああああッ!!!?」




 □□




 門番が山賊の群れを目撃した30分後。

 ヴィトスの屋敷では、主人であるヴィトスが出勤しようとしていた。


「ヴィトス様ご出勤!!」


 俺が玄関口で靴を履いていると、

 威勢の良い声と共に、玄関の扉が勢いよく開かれる。

 開けたのは俺専属の教育係(自称)にして魔王會大幹部の一人である銀髪の美少女魔族『セラス』。

 彼女は戦に出るわけでもないのに甲冑に身を包んでおり、片手には俺の鞄を持っていた。

 いつものようにこのまま正門まで見送るつもりなのだろう。

 なんか子供扱いされてるみたいでイヤだ。


「いちいち付いてこなくていいよ。

 鞄も自分で持つし」


 そう思った俺はセラスに言う。

 だが。


「ダメです!

 殿下は次期魔王様であられる身!

 身の回りの世話は全て教育係であるこの私が致します!!」


 セラスはそう言うと俺の前に立って歩き始めた。

 世話を焼いてくれるのは有難いんだけど、焼き過ぎじゃない?


 やがて俺が靴を履き替え玄関口から出ると、屋敷の外にはデュラハンやリッチーたちがズラっと整列して立っていた。

 その列は門の前まで続いている。

 俺の出勤を待っていたのだ。


「みんな、おはよ」


 俺はみんなに声を掛ける。

 すると彼らは一斉に俺に向かって首を垂れ、


「「「「おはようございます殿下! いってらっしゃいませ!!!!!」


 一糸乱れぬ動きと声で一斉に俺を送り出してくれた。

 皆も仕事あるだろうし近所迷惑とは伝えてあるんだけれど、魔王會ナンバーツーのメンツが掛かっているらしく全然止めてくれない。

 

 セラスと共にみんなの間を歩いていく。

 やがて正門前までやってくると、今度は頭上に気配を感じた。


「ママスか」


 俺が尋ねた直後。

 空中に姿見大の黒光が出現し、中から紫色の美しい髪を宝冠のように結い上げた豊満な体つきの美女が現れた。

 彼女の名はママス。

 セラスと同じくうちの大幹部の一人で、俺に付きっきりで世話してくれてる。

 彼女は妖艶な笑みを浮かべたかと思うと、


「ヴィトス様。ネクタイが御乱れですわ」


 俺の前に屈んでネクタイを結びなおし始めた。

 角度的にはちきれんばかりに膨らんだ胸部の先端が今にも見えそうになっているが、たぶんこれワザとだろうな。

 真面目なセラスと違いママスはいつも露出が多い。

 彼女と出会ってもう10年近く経つけど未だに色仕掛け……人間界では『セクハラ』とか言うらしい……してくる。

 その圧倒的な美ボディを見てしまったからだろう。

 ママスの背後で、配下のリッチーらの顔が赤く染まるのが見える。

 ほぼ性欲を感じないはずの死霊すらも魅了するのはさすがと言える。

 色々やられ過ぎて俺はもう慣れちゃったけれど。


「もう十回ぐらい結びなおしたよね?」


 そんなママスに対し、俺は呆れて言った。

 朝から何度もネクタイをグルグルされている。


「十一回目ですわ。

 それからコチラをどうぞ」


 だがママスは聞いてくれない。

 なぜか胸元に手を入れて、そんな場所にしまっていたらしいクリスタフォン(希少な魔水晶を使った板型の高級通信機器で、ごく一部の王侯貴族などが持っている)を俺に渡してきた。


「なにこれ」


「ウチの工房の新作ですわ。よろしければどうぞ」


 ママスが會長を務める闇組織『不死魔會』には最新設備が整った超巨大錬金工房がある。

 恐らくそこで造られたものだろう。

 それはいいのだが、このクリスタフォンなんだか妙な感じがする。

 誰かに見張られているような感じがするのだ。

 よく見ると、水晶版の上の方に小さなレンズらしきものがある。


「ママス、これって……」


 違和感を覚えた俺がさっそく問いただそうとすると、


「ママス!? また殿下の出勤を邪魔して!!」


 セラスがママスに食ってかかった。

 そのままママスを突き放してくれればよかったのだが、彼女はなぜか俺の手をぎゅっと握ったかと思うと、俺の体を抱き寄せた。

 よく見ると頬が真っ赤に染まっている。


 セラスのやつまた嫉妬してるな。


 俺は再度溜息を吐いた。

 俺を好いてくれるのはとても有難いのだが、このままだとまた遅刻する。


「俺もう行くからさ」


 俺は半ば強引にセラスから離れると、一つ飛びで正門を飛び越えた。

 鞄も勿論持っている。


「ヴィトス殿下ッ!?」


「いってらっしゃいませ~♡♡」


 残念そうなセラスと、なぜか嬉しそうなママスの声を尻目に俺はそのまま駆け足で冒険者ギルドへと向かった。


 あんまり早く走ると人間じゃないってバレるからな。

 適度なスピードで急ごう。

 だからあんまり遅くなりたくないんだよな。


 そんな風に俺が思っていると、


「ん?」


 やがて異変に気付く。

 町の反対側から幾つも黒い煙が上がっているのである。

 少し先の通りにも住人たちが集まっている。


 なんだろ。

 火事?


 そんな風に俺が町の状況を怪しんでいると、


「ヴィトス!!」


 人だかりの中から、髪を整髪料でガッチガチに固めた若い事務員服姿の男が大慌てで走ってきた。

 同僚のジャンクだ。


「ジャンク。そんな慌ててどうしたんだ?」


 俺が尋ねると、


「ばばばかやろおおおおお!?

 町が山賊団に襲われてんだよおおおおお!!!?」


 ジャンクが血相変えて叫んだ。


「山賊?」


 俺はきょとんとする。


「なんでこんな小さな町に。

 シャイアはお金もだけど、錬金工房とか個人商店も少ない。

 知らないで襲ったのか?」


「平然としてんじゃねえよおおおおおお!?

 町の正門の方は全滅だ!!

 民家も商店もあったもんじゃねえ!!

 片っ端から火をつけられてよ!!!

 しかも奴らギルドに立てこもってんだ!!

 アムたちが人質になっちまって!!!」


「なんだって?」


 ほかならぬアムさんの名が出て、俺の神経がヒリつく。

 最悪の事態を想像したからだった。

 山賊は金目のものだけじゃなく、アムさんみたいな美人も捕まえて売り飛ばす。

 もちろん乱暴して。


 俺は人だかりの向こうを見た。

 道の突き当りに三階建ての冒険者ギルドの建物がある。

 だが入口は固く閉ざされており、付近には獣の皮を被った男たちがいやらしい笑みを浮かべて屯っていた。

 男たちは屈強な体付きをしており、威嚇のためか髪の毛を天に向けて逆立てていた。

 あれが山賊だろう。

 続けて俺は建物の中に意識を集中させる。

 魔力の流れを読み取るためだ。

 俺はママスと違って魔力の制御が得意ではないので大雑把にしか分からないが、『中にいる奴らがどれぐらい強いか』ぐらいは分かる。


 たしかにアムさんの魔力を感じる。

 あとは受付嬢のみんなも。

 他にはCランク冒険者並みの奴が……全部で二十人。

 Bランクぐらいの奴もいるな。

 状況から考えてこいつらが山賊だろう。

 Bランクは単独でワイバーン(小型のドラゴン)も倒せるって聞くから、シャイアの人たちじゃまず勝てない


 俺が殆ど一瞬でそこまで感じ取っていると、


「アムの他に受付嬢のみんなも捕まってんだ!!

 今頃どんな目に遭わされてるか……ッ!!

 ちくしょお……ッ!!!」


 ジャンクが拳を握り言った。

 悔しそうに見える。


 きっと何もできない自分に腹立ててるんだろう。

 なんだかんだいい奴だし。


「ちょっと行ってくる」


 俺はジャンクにそれだけ言うと、歩き出す。

 見物人たちが遠巻きにギルドを眺めている中、ただ一人道の真ん中を歩いていく。


「お……!?

 おいいいいいいッ!?

 お前まさかギルドに行くつもりかよ!!?!?」


 ジャンクが慌てて俺の傍に駆け寄り尋ねてきた。


「うん。アムさんの代わりに俺が人質になってくる」


 歩きながら答える。

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