第二十七夜 ストーカー




大学に通う翔には、悩みがあった。


一年前。

大学に入学したばかりの翔は、ふとした事で、ある一人の女と出会った。

女は、真奈美と言って、お世辞でも可愛い子ではなかった。

いつもボサボサの長い黒髪を垂らし、人見知りが激しいのか友達も少なく、暗い感じの女だった。

まぁ、そういう子は、大抵、狙われる。

狙われるとは、イジメの対象になるという事なのだ。


その日も、真奈美は、数人の女子にイジメられていた。


「お風呂入ってる?臭いんだけど〜。」


「側に来ないでよね。暗いのがうつるから〜。」


まぁ、大学生になって、やる事は小学生のようなものだ。

そんな事は、日常茶飯事で、みんな見て見ぬふりをする。

しかし、大学に入ったばかりの翔は、それを知らずに、イジメられている真奈美を助けたのだ。


その日から、真奈美は、翔の前に、ちょくちょく現れるようになった。

話し掛けてくるわけでもなく、遠くの柱から、じっと覗いて見つめ、目が合うと、ニタ〜と気持ち悪い笑みを浮かべる。

最初は、気にしないようにしていた翔であったが、それが毎日続くと、次第に気味悪く思えてきた。


授業中も、昼休みも帰宅途中も、気が付けば、いつも、真奈美の姿が見え、ニタ〜と笑ってくる。

いよいよ、家の近くの電柱にまで、真奈美は現れるようになった。

さすがの翔も、腹を立て、電柱の影に隠れている真奈美の側へ行き、注意をした。


「いい加減にしてくれないか?家にまでついて来て、どういうつもりだ?!」


少し怒ったように、そう言った翔に、真奈美は、小さな声で言った。


「あの……私……翔と、いつも側にいたいだけなの。私の事は、気にしないでいいから。」


真奈美の言葉に、ゾクッとなり、翔は、こう怒鳴った。


「俺に付きまとうなよ!お前の事なんか何とも思ってないし、迷惑なんだよ!今度、俺の前に現れたら、警察に届けるからな!」


警察と聞いて真奈美は、その日は、大人しく帰って行った。

しかし、しばらくすると、また元通り。


「おい、また真奈美が見てるぞ。」


友人の貴也がそう言って、翔は、疲れたように息をついた。


「あいつ、何度言ってもやめないんだ。困ったよ。」


「何だ、それ?ストーカーじゃん。警察に届けろよ。」


貴也に言われ、翔は、考えた。

そして、携帯を片手に、真奈美の側へ行く。


「言ったよな?今度、俺の前に現れたら、警察に連絡するって。今、警察に電話したから。」


そう言って、携帯を見せながら、翔は、言った。

もちろん、警察に電話をしたと言うのは嘘である。

少し脅せば、諦めると思ったのだ。


「何よ、それじゃ、私がストーカーみたいじゃない。私は、ただ……見てるだけなのよ。」


大人しく諦めると思った真奈美の口から出た言葉は、意外なものだった。

翔は、カッとなると、真奈美に怒鳴る。


「お前、ほんと気持ち悪い!それだから、誰も相手にしてくれないんだよ!お前なんて、生きてる意味無いし、死ねば?」


怒鳴られ、冷たく翔に、そう言われ、ショックだったのか、真奈美は、泣きながら、そこを走り去った。

その時、丁度、チャイムが鳴り、次の授業が始まった。


授業中、辺りを見回したが真奈美の姿は、なかった。

やっと、諦めてくれたかと、ホッと胸を撫で下ろした翔の耳に、教室にいた生徒の悲鳴が響く。

翔も驚き、みんなが見つめる窓の外に目を向けた。

その時……。


閉められた窓の外、真奈美が真っ逆さまに落ちていく姿が見えた。

この教室は、四階。

その窓の外、真奈美は、落ちていっている。

顔をこちらに向けた真奈美は、翔と目が合うと、ニタ〜と笑い、そして、地面へと叩きつけられた。

グシャッと鈍い音が響き、真奈美の首の骨が折れた事が分かった。

一瞬の事だったのだろうが、翔には、すごく長い時間に感じた。

真奈美は、首の骨が折れ、即死だった。


真奈美が死んで一ヶ月が過ぎようとしていた。

誰も真奈美が死んだ事を悲しむ人も居ず、すぐに、みんな真奈美の存在すら忘れていった。


「良かったじゃん。ストーカーが居なくなって。」


貴也も、そう言って、笑っていた。

しかし、翔は、それから、しばらくして大学を辞めてしまった。


翔の事が心配だった貴也は、翔の家に様子を見に行った。

チャイムを鳴らすと、疲れてやせ細った翔が姿を現した。


「お前……大丈夫かよ!?」


心配な面持ちで、そう言った貴也に、翔は、ニタ〜と笑って、こう言った。


「……死んでないよ。」


「えっ……?お前、何言ってんだ?」


眉を寄せ、首を傾げる貴也に、翔は、イヒヒと声を上げ笑った。


「真奈美の奴、死んでないんだよ!ほら、聞こえるだろ?!ほら、ここに居るんだって!!」


貴也の両肩を掴み、そう言う翔の顔は、泣き笑いのような妙な表情をして、とても、まともだとは思えなかった。















ーこれで、ずっと一緒……。ー








ー第二十七夜 ストーカー【完】ー

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