第二十五夜 家鳴り その弐
妻に先立たれ、定年退職を迎えた裕二は、都会の暮らしに疲れ、退職金と貯金を合わせて、田舎に、とても安くで売られていた木造の一軒家を買った。
その家の所有者は、中年の女性だったが、とても人当たりの良い穏やかな女性だった。
裕二は、その家を購入する前に、女性から、こんな話を聞いた。
「あの家は、私の祖父と祖母が住んでいたもので、かなり古い家です。ですが、生活していく分には、何も問題は、ありません。ただ……家鳴りが酷いもので……何しろ、古い家なので。」
女性の話に、裕二は、フームと考えたが、すぐに、こう返事をした。
「大丈夫ですよ。私も、子供の頃は、田舎暮らしをしていて、貧乏だったので、多少、古い家でも、平気です。」
裕二の言葉に、女性は、しばらく考えていたが、フッと一息ついた。
「そうですか……。分かりました。……ただ、一つ……。」
そう言いかけて、女性は、再び口を閉ざしたが、優しい微笑みを浮かべ、こう言った。
「家鳴りがしても、気にしないで下さいね。」
いやに、家鳴りの事を話すな……そんなに酷いのか?
裕二は、少し変に思ったが、その家が有り得ない程の格安だったので、それ以上は、何も聞かなかった。
さて、引越しの当日。
荷物を家の玄関に運んでいると、家の中から、パキッとかキシキシと、音が響く。
「なるほど……家鳴りって、この事か。」
確かに、意外と家鳴りがしている。
しかし、相当、古い家だと思っていたが案外、綺麗に掃除がされていて、古臭い感じもしなかった。
ある程度、荷物を中に入れ、その日は、もう夕暮れになり、荷物の片付けは、明日からにしようと思った裕二は、キッチンでコンビニから買ってきた惣菜やおにぎりを袋から取り出した。
おにぎりを手に取った時、ポチャーンと手の甲に、何かが落ちてきた。
「んっ……?」
キッチンの天井を見つめた裕二は、天井板にある黒いシミに眉を寄せ、立ち上がった。
「雨漏りか……?」
黒いシミを、そっと手で触ると、それは、ネチョ〜と糸を引き、裕二は、慌てて、手を離した。
「何だ、これ?木の樹液でも染み込んできたのか?」
手についた液体を匂ってみると、とても臭く、裕二は、顔をしかめ、キッチンの水道で、洗い流す。
シミの出来た天井板を雑巾で拭いていると、また、パキパキとかギシギシと家鳴りが響いた。
「これは、落ち着いたら、少し改装をしないとダメみたいだな。」
なるべく、低予算でいきたかった裕二は、深い溜息をつく。
夜になり、居間に布団を敷き、布団の上で煙草に火をつけ、フゥーと煙を吐いた裕二は、ドドドドドという大きな家鳴りに驚き、天井を見上げた。
しばらくすると、ゲホゲホと咳払いをするような音が聞こえ、そして静かになった。
「な、何だ……?」
裕二は、天井を見上げたまま、また煙草をふかした。
すると、バタバタと激しい音が鳴り響き、天井板がガバッと勢いよく開いた。
驚いて見つめる裕二に、目を真っ赤にした男が天井板の隙間から顔出し、怒鳴るように言った。
「この家で、煙草を吸うな!」
驚き、手に持っていた火のついた煙草を裕二が畳の上に落とすと、男は、顔を歪め、声を上げる。
「あちっ!あちち!火を消せ!燃えちまうだろ!!」
男の声に、裕二は、慌てて煙草を拾い上げ、灰皿で火を消した。
畳が少し焦げ、黒くなっている。
それを見た男は、怒りの表情になり、裕二に怒鳴った。
「この野郎!ふざけやがって!俺は、お前が好かん!!」
男がそう言えと、家がグニャリと歪み出した。
「うわぁー!助けてくれー!!」
悲鳴を上げ、逃げようとする裕二を家は、ゴクリと飲み込んだ。
翌日、裕二に挨拶をする為、家に訪れた女性は、裕二の姿がなく、荷物だけ残されているのを見て、フゥーと深く、溜息をついた。
「家鳴り……気にしちゃったのね。」
ー第二十五夜 家鳴り その弐【完】ー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます