第二十六夜 白蛇の恩返し
とある所に、佐吉という若い男が住んでいた。
佐吉は、毎日、山で木を切る木こりの生活をしていた。
佐吉は、幼い頃に両親に死なれ、じい様と暮らしていたが、そのじい様も去年、死んでしまった。
佐吉は、一人、山の小さな小屋で生活をしていた。
ある日の事、何時ものように、佐吉が山で木を切っていると、一人の若い女が切り株に腰掛け、足を撫でていた。
木を切る手を止め、佐吉は、女の側に近付いた。
「そんな所で、どうしたんだ?」
佐吉の声に顔を上げた女は、とても美しかった。
真っ白な透き通るような肌をした女は、足を撫でながら言う。
「足を……怪我してしまって。」
女の言葉に見ると、女の足から血が流れていた。
「こりゃ、いかん。」
佐吉は、腰に下げていた手拭いを取ると、女の足に巻いた。
「小屋に戻って治療をしてやりたい所だが、どうしても今日中にやらなきゃならない仕事があるんだ。」
佐吉が言うと、女は、黒い瞳で、じっと見つめ、口元に笑みを浮かべた。
「仕事が終わるまで、ここで待っております。」
「そうか。俺は、佐吉。おめぇは?」
「白蛇(はくじゃ)と申します。」
そう名乗った白蛇に、佐吉も優しく微笑むと、仕事を続けた。
夕方になり、日が沈み出した頃、フッと木の切り株の方に目をやった佐吉は、白蛇の姿がないのに、眉を寄せた。
「あんな足で、何処に行ったんだ?」
白蛇の事は気になったが、山の日の暮れるは早い。
佐吉は、木を切る道具をまとめ、小屋へと戻って行った。
小屋の囲炉裏に火をおこし、鍋をかけて夕餉の準備をしていた佐吉は、小屋の戸が叩かれ、そちらへ向かった。
戸を開けると、そこには、白蛇が立っていた。
「お前……!何処に行っていたんだ?!」
驚いて声を上げた佐吉の前に、白蛇は、にゅっと片手を差し出した。
その手には、大きな牛蛙が三匹ぶら下がっていた。
「これは、お礼です。」
うっすらと笑い、そう言った白蛇から、牛蛙を受け取り、佐吉は、喜んだ。
「これは、有り難い。牛蛙は美味いと聞くが……。良かったら、お前も一緒に食べないかい?」
「私は……もう食べました。」
チロリと赤い舌を出し、そう言った白蛇は、スッと佐吉の側を離れると、山の方へ歩いて行く。
「おい!今から山を下りるのは危険だぞ!」
佐吉がそう言ったが白蛇は、スッと夜の闇に消えて行った。
不思議な奴だと思ったが、佐吉は、白蛇の美しさに惹かれていた。
それから、白蛇は、度々、佐吉の前に現れた。
何処に住んでいるかと聞けば、山と応え、何歳だと聞けば、忘れたと応える。
名前以外は、何も分からなかったが、白蛇に会ううちに、佐吉は、恋をしてしまった。
三日が過ぎ、その日は、朝から雨だった。
雨では、仕事は出来ない。
佐吉は、山を流れる川から、水を汲んでこようと桶を持って、川へと向かった。
川の近くまで来ると、川の中に人影が見える。
雨の降りしきる中、目を凝らして見ると、それは、白蛇だった。
「あんな所で、何をしているのだ?」
佐吉は、草むらに身を潜める、白蛇の様子を伺った。
白蛇は、川の水面をじっと見つめ、キョロキョロとしている。
何かを見つけ、嬉しそうに微笑んだかと思うと、チロチロと長い舌を出す。
その下は、先端が二つに分かれ、とても長かった。
白蛇の目が赤く光ったかと思うと、白蛇は、川の中へ飛び込んだ。
しばらくして、水面から顔を出した白蛇の口には、大きな牛蛙がいた。
その牛蛙を噛みもせず、ゴクリゴクリと飲み込む白蛇。
「ひゃっ!」
思わず声を上げ、佐吉は、転がるように小屋に駆けて行った。
その後ろ姿を悲しく見つめる白蛇。
小屋へ戻った佐吉は、濡れた身体も拭かず、ガタガタと震えていた。
やがて、小屋の小窓から声が聞こえてきた。
「……佐吉さん、見ましたのね?」
長い黒髪を濡らし、白蛇が立っていた。
「おらぁ、なんも見てねぇ!」
声を上げ、顔を伏せた佐吉を悲しく見つめると、白蛇は、静かに言った。
「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのです。ただ……優しくしてもらえて嬉しかった。最後の私の、お礼受け取って下さいまし。」
そう言うと、白蛇は、小窓から、牛蛙を投げ入れ、静かに、そこを去って行った。
「白蛇……!!」
寂しげな白蛇の声に、慌てて立ち上がり、小窓に行ったが、もう白蛇の姿は、なかった。
その日から、白蛇は、佐吉の前に現れる事はなかったという事です。
ー第二十六夜 白蛇の恩返し【完】ー
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