第十九夜 百物語の会




昔、まだ東京が江戸と呼ばれていた時代。

江戸の、とある町で材木屋を営む、茂平(もへい)という初老の男がおりました。


この茂平、怖い話がたいそう好きな男で、仕事関係の仲間や町の者を集めては、夜に怖い話をしたり聞いたりしておりました。

それを噂に聞いた坂上(さかがみ)という代官がその怪談話に参加したいと申しました。

出来れば大きな怪談会にしたいと、町の者百名を呼び、百物語をしようという事になりました。


百物語をする晩の事、百物語を行う隣の部屋で、行灯に青い紙を巻き、百本の蝋燭を準備すると、火をつけます。

百物語をする部屋は、明かりもない真っ暗です。


「怪談話を終えた者は、隣の部屋へ行き、明かりのついた蝋燭を一本、消して下され。」


そう言った茂平に、坂上は、尋ねました。


「茂平、あの蝋燭は、何の意味があるのか?」


「はい、坂上様。怪談話をして、あの蝋燭を消していきまして、最後の蝋燭の明かりを消した時に、怪異が起こるのでございます。よく言われているのが青行燈という二本の角を生やした鬼女が現れると言います。」


茂平がそう説明すると、坂上は、フーンと鼻を鳴らしました。

さて、百物語が始まり、順調良く次々と怪談話をして、隣の部屋の蝋燭を消していきます。


一本……一本……また、一本……と。


そして、蝋燭があと三本になり、一人の若い女が話し出します。


「私は、この家の茂平の一人娘、清代(きよ)でございます。私は、去年の春に、そこにいる坂上に、斬り殺されました。」


そう言うと、清代は、スッと隣の部屋へ静かに歩いて行きます。


「おい!お前、何を申すか!」


声を荒らげ、坂上が清代の方へ行こうとすると、茂平が静かに言います。


「坂上様。百物語は、まだ終わっておりませんよ。さぁ、お座り下さい。」


立ち上がろうと腰を上げた坂上の肩を押さえ、茂平は、坂上をじっと見つめます。

坂上は、眉を寄せ、唇を震わせました。

次に茂平の妻、千里(ちさと)が話し出しました。


「清代を亡くして、私は、随分と苦しみました。自分の欲望の為に娘に近付き、それが叶わぬと知ると切り捨てるとは……。私は、坂上を恨みながら、そこの柱で首を吊ったのでございます。」


千里は、坂上の頭上にある柱を指差し、そう言うと、スッと立ち上がり、隣の部屋へと向かいました。


「おい!茂平!これは、どういう事だ!!」


怒鳴る坂上に、茂平は、フフフと低い声で笑いました。


「百物語をすると、怪異が起こると申しましたでしょ?さて、坂上様。最後の百話目の話でございます。清代と千里を失った私は、決めたのでございます。坂上を決して許さない……恨んでやる……と。そして、私は、隣の部屋で小刀を喉に刺し、自死致しました。」


そう言って、隣の部屋へ行こうとする茂平を坂上は、慌てて止めました。


「ま、待て!茂平!ワシが悪かった!許してくれ!!」


これから自分の身に起こるであろう恐ろしい事に、坂上は、とても恐怖を感じました。

しかし、茂平は、隣の部屋で最後の蝋燭を手に持ち、ニヤリと笑い、その隣には、千里と清代も立ち、恨めしそうな顔で、坂上を見ています。


「こ……のっ、化け物が!!」


そう叫ぶと、坂上は、刀を抜き構えると、三人に向かって斬りつけます。

しかし、三人は、スッと消えたり現れたりをして、斬る事が出来ません。

刀を振り回しながら、何度も斬りつけていた坂上は、いつの間にか縁側に出ており、そして、ツルッと足を滑らせます。


坂上が手に持っていた刀は、クルクルと宙を舞い、縁側の下に仰向けに倒れた坂上の胸を目掛けて、シュッと落ちてきました。


「ぎゃああああーーー!!」


坂上の断末魔の声が夜空に響き、最後の百本目の蝋燭がフッと、消えました。

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