第十八夜 彼岸花が咲く頃に
それは、遙か遠い室町時代のお話でございます。
とある城主の妻に、お千歌(おちか)という方がいらっしゃいました。
お千歌は、町に住む医者の娘でしたが、とても美しく気立ての良い、上品な女性でした。
その噂を耳にした城主が娘を城に呼び、一目惚れした城主は、妻に迎えたのでございます。
こうして、城住まいをするようになった、お千歌。
翌年には、長女を授かり、幸せに暮らしておりました。
ところが年月が経つにつれ、城主は、お千歌に冷たくなります。
実は、城主には、心に想う方がもう一人いたのでございます。
どうやら、城主は、そちらの女性に心を奪われていたようです。
ある日、お千歌が城の庭先をフッと見ると、そこに紅い花をつけた彼岸花が咲いておりました。
お千歌は、庭先に出ると、彼岸花の方へ静かに歩み寄り、花に、ソッと手を添えました。
「お前は、美しい。何年、何十年と時が経っても、毎年、美しい花を咲かせる。私も、お前のような美しい花に産まれたい。」
城主の心が自分にない事は、お千歌には、分かっておりました。
しかし、可愛い我が子の為、じっと耐えていたのでございます。
「お千歌、そんな所で何をしておる?」
城主の声に、お千歌が驚き、身を震わせた、その時、手に添えていた彼岸花の花がポタリと、お千歌の手のひらに落ちました。
「殿、彼岸花が……。」
両手の平に彼岸花の花を乗せ、振り向いた、お千歌に、城主は、眉を寄せ、こう言いました。
「それは、彼岸花ではないか!その花には、毒があると申すぞ!さては其方、その毒で、わしを殺すつもりだな!?」
「何を申されます?!お殿様!私は……。」
お千歌の話も聞かず、城主は、こう叫びます。
「誰か!誰かおらぬか!お千歌が血迷うた!」
城主の声に、家来が何人も出てきます。
瞳を震わせ見つめる、お千歌に、城主は、冷たく言いました。
「お千歌は、わしを殺そうと企んでおる!構わぬ!切り捨てー!!」
「殿……!!」
逃げようとした、お千歌の背を家来の刀の刃先が切り裂きます。
「きゃあああ!!」
背中から、血飛沫を上げ、悲鳴を上げると、お千歌は、彼岸花の咲き乱れる中に倒れました。
「あまりでございます……殿。あまりの仕打ち……。恨みます……お恨み申します……!!」
お千歌は、最期の力を振り絞ると、息絶えました。
それから、10年の月日が経ちました。
城主は、新しく心に想っていた女性を城に迎えましたが、何故か、その女性との間には、子供が出来ませんでした。
お千歌の子供は、すくすくと育ち、長女の宮(みや)は、16歳の美しい娘に育ちました。
その美しさ、仕草は、まるで、お千歌に、そっくりで、城主は、気味悪く思っておりました。
とある秋の初め頃。
城主が庭を見ていると、宮が彼岸花を両手に沢山、抱えて庭におりました。
「宮、そのような気味の悪い花は、捨ててしまいなさい。」
城主は、そう言いましたが宮は、口元に笑みを浮かべ、こう言います。
「今日は、母様の命日でございます。母様は、彼岸花がお好きでした。……父様、彼岸花の花は、何故、紅いのか御存知でございますか?」
宮の問いに、城主は、眉を寄せました。
「そのような事……知らぬわ。」
城主の言葉に、片手で口元を押さえ、おほほと宮は、笑いました。
「母様の血で、紅くなったのでございますよ?父様に殺された無念の思いが、この花を紅くしているのでございます。」
宮の言葉に、城主は、瞳を大きく震わせます。
気を落ち着かせようと、城主が側にあった湯飲みに手を伸ばし、茶を一気に飲み干すと、それを見届け、宮は、ニヤリと笑いました。
「父様、彼岸花の毒は、球根にございますのよ。父様が飲んだ、そのお茶に、彼岸花の球根を擦り入れておりました。美味しゅうございましたか?」
それを聞いた城主は、ウウッと呻き声を上げ、フラフラと庭先へ出ると、彼岸花の咲く中に、バタリと倒れ、全身を激しく痙攣させると、やがて、息絶えました。
宮も、城主の側で気を失うと、そのまま亡くなってしまいました。
城主を失った城は、やがて、滅び、その城の跡には、毎年、沢山の彼岸花が紅い花を咲かせ、咲き乱れておりました。
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