第十七夜 祟ります




200年程昔のお話でございます。

とある呉服屋の一人娘に、喜代(きよ)という15歳の子供がおりました。


先祖代々続く呉服屋は、とても繁盛しており、喜代は、何不自由なく育って参りましたが不幸な事に、生まれつき喜代の左側の顔半分が赤い痣に覆われておりました。


15となれば年頃の娘、恋の一つもしたいと思いますが、喜代は、自分の顔の痣をとても気にしており、家に引きこもっている事が多かったのでございます。


そんな娘を不便に思った父親の藤兵衛(とうべい)は、喜代に贅沢をさせ、わがままに育てたのでございます。


しかし、どんなに美しい着物を着せても、どんなに高価な簪を与えても、喜代は、心から笑いません。


医者にも、相談しましたが痣を消す治療法は、ございませんでした。




そんな、ある日の事。

藤兵衛の店に、一人の男がやって参りました。

店の物陰で、その男を見た喜代は、男に一目惚れいたします。


男は、簪職人の宗介(そうすけ)という23歳の若者でした。

宗介は、藤兵衛に頼まれた喜代の為に、特別に作った簪を持ってきたのでございます。


「喜代。喜代や。今度の簪は、一段と美しいよ。お前に似合うと思うよ。」


藤兵衛がそう言って、簪を持ってきましたがやはり、喜代は、浮かない顔をします。


「お父様……私は、簪などいりません。それより、宗介さんと結婚がしとうございます。」


可愛い一人娘の頼み、藤兵衛は、宗介の家に向かい、娘と夫婦(めおと)になって欲しいと申しました。

藤兵衛に、一人娘がいる事は、知っておりましたが噂で、娘の顔に痣がある事も知っていた宗介は、悩みましたが、娘と夫婦になれば、何れ藤兵衛の店は、自分のものになる……そう思い、申し出を受け入れます。


さて、こうして、夫婦になりましたが、やはり喜代の顔の痣は、とても醜く、宗介は、次第に、うんざりとしてきます。

そして、宗介も若い男、他に好きな娘が出来たのでございます。

となれば、喜代の事が邪魔になり、ある夜、宗介は、喜代と夜桜を見に行こうと外へ誘い出し、川へ突き落として、殺してしまったのです。


宗介が後妻として迎えたのは、花屋をしている涼(りょう)という20歳の娘でございました。

喜代が死んで、藤兵衛は、大変悲しみ、まるで喜代の後を追うように、病に倒れ、亡くなったってしまいました。

これで、全て宗介の思い通りになったのでございます。


やがて、涼との間に、女の子が産まれましたが、なんと、その女の子の左側の顔半分に赤い痣があったのでございます。

喜代と同じような痣のある子に、宗介は、一瞬、ゾクッとしましたが、そこは、我が子、春(はる)と名付けた子を大変、可愛がっておりました。


春が3歳になり、少し言葉を話せるようになった頃、縁側で春がお手玉をしているのを見て、宗介は、話し掛けます。


「春、お手玉かい?」


すると、春は、静かに宗介の方に顔を向け、こう言いました。


「私は、春ではございません。あなたに殺された喜代でございます。宗介様……恨めしい。この恨み晴らさずにおくものか。七代まで祟ります。」


その声は、春の声ではありませんでした。

恨みのこもった低い、その声は、喜代でした。

宗介は、目を見開くと、力強く春の両肩を掴み、怒鳴るように言います。


「おのれ……喜代!迷うたか!!」


そう言うと、春の身体をグイと後ろに押しやりました。

春の身体は、縁側から落ち、草履を置く石の上に頭を強く打ち、ギャッと一声上げると、動かなくなりました。

それを見ていた涼は、悲鳴を上げ、気を失ってしまいます。

縁側へ落ちた春を見ると、いつもと変わらない我が子の姿でした。



それから、何年か経ち、再び涼は、身ごもりますが、男の子は死産してしまい、女の子には、顔に赤い痣のある子ばかり産まれ、精神を病んでしまった涼は、寝込んでしまい、宗介も、これは、本当に祟りかもしれないと恐ろしくなり、死んだ我が子と喜代の墓を立て、供養致しましたが、喜代の恨みの念は、決して消える事がありませんでした。


宗介の娘が育ち、結婚して子供が出来ても、男の子は死産、女の子は、顔に赤い痣のある子ばかりが産まれ、とうとう、宗介は、精神を病んでしまい、自ら、川へ身を投げ、命を落としたそうです。


宗介が亡くなった後も、喜代の祟りは、七代まで続いたという事です。

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