第二十二夜 座敷牢
現代では、西洋医学により精神障害と解明されている病は、かつては、狐憑き狸憑き、或いは、「一族の祟り」といった霊的存在の所業であると、信奉されてきた。
罪人などを閉じ込めておく為にも使用されていたが、奇声を発したり、暴れて手に負えない精神障害の者を座敷牢に閉じ込めていた。
出入口は、外部から施錠され、便所などは、牢の中、もしくは、壺などで、家の中、離れなどに作られていた。
昔、一族から狐憑きや狸憑きが出る事は恥とされ、人目につかない所に作ら、中の者が出てくるか、もしくは死んだ場合は、座敷牢を無くし、存在するものはないらしい。
そんな頃の、お話です。
武家の娘である咲(さき)という娘が花屋の正吉(まさきち)に恋をした。
正吉も、咲の事を恋しく想い、二人は、こっそりと人目を忍んで会っていた。
咲の父親、城ヶ崎 直介(じょうがさき なおすけ)は、咲が正吉の事を想っている事を知っていたが、身分の違いから、二人が会う事を禁じていた。
そんなある日。
咲と正吉が会っているのを直介が知る事になり、激怒した直介は、咲を座敷牢に閉じ込めてしまった。
座敷牢は、屋敷の離れに作られ、小さな小窓のある薄暗い場所だった。
そこには、誰も近付いてはならないと直介から、きつく言われていたが、毎日、そこから咲のすすり泣く声が響き、屋敷に使えた者達は、心を痛めていた。
咲の姿を見なくなり、心配した正吉が何度も屋敷を訪れたが当然、会わせてはもらえず、咲は、とある屋敷へ嫁いだと言われた。
直介の話を信じ、肩を落として帰ろうとしていた正吉は、女のすすり泣く声に足を止めた。
こっそり屋敷に忍び入り、声のする方へ向かうと、そこには、座敷牢があった。
静かに座敷牢に近付いた正吉は、薄暗い座敷牢の中、髪を乱し、薄汚れた着物を着た咲が泣いているのを見つけた。
「咲さん……!」
正吉の声に顔を上げた咲は、正吉の方に駆け寄り、木の格子から細く白い手を出した。
「正吉さん……。」
正吉も咲の手に手を重ねる。
その時、屋敷から、咲の食事を運んできた使いの者が出てきて、正吉の姿を見ると、声を上げた。
「大変でございます!正吉が……!」
使いの者の声に、屋敷から飛び出してきた直介は、正吉の姿を見ると、凄い形相をして、腰にさした刀を抜いた。
「正吉!お前がいる限り、咲は、そこからは出られぬ!咲は、お前には渡さぬぞ!!」
「何と言う事を……!この事をみなに知らせ、咲さんをここから出してみせます!」
そう言った正吉に、直介は、ギリリを歯を噛み締め、刀で正吉をバッサリと斬った。
「いやー!正吉さん!!」
それを座敷牢で見ていた咲は、狂ったように叫び声を上げた。
斬られた正吉は、バタリと庭に倒れ、息絶えた。
直介は、正吉の死体を川へ捨てるように、使いの者に命じた。
そして、その夜。
夕餉を運んできた使いの者が座敷牢の中で舌を噛み切り死んでいる咲を見つける。
咲は、噛み切った舌から流れ出た血で、座敷牢の壁に、こう書き残していた。
『父上様。私が死んで正吉さんと一緒になります。愛しい正吉さんを殺した父上の事を私は、許しませぬ。父上、城ヶ崎を恨み、この家を滅ぼします。』
座敷牢の鍵を開け、中に入った直介は、咲の死に顔に、ギョッとする。
髪を振り乱し、乱れた髪を口にくわえ、目は、カッと両目が見開かれていた。
「咲は……乱心したのじゃ。良いか、誰にも分からぬように、咲を弔ってやれ。」
直介の言葉に、使いの者は、ただ黙っていた。
「おいたわしや、咲様。なんと酷い仕打ちだ……。」
幼い頃からの咲を知っている使いの者は、直介の余りにも冷酷な心に、直介の元を去り、二度と屋敷には、戻らなかった。
その晩から、城ヶ崎家には、奇妙な事が起こった。
庭で、二つの火の玉が絡み合うように飛んだり、取り壊したはずの座敷牢があった方から、すすり泣く声が響いてきたり、ボロボロの着物姿の咲が口から、大量の血を流し、長い髪を乱して、恨めしそうに立ったりしたのだ。
そんな気味の悪い事ばかりが続き、とうとう城ヶ崎家の使いの者は、みな居なくなり、一人、屋敷に残った直介も、最期は、気がふれたように、奇声を上げたり、刀を振り回したりしながら、狂い死にした。
今でも、その場所には、咲と正吉の魂が彷徨い、夜になると、二つの火の玉が寂しげに飛ぶという。
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