第二十一夜 「今から帰る」




結婚して一年の新婚の夫婦がいた。

夫は、普通のサラリーマンで、休みの日には、山にハイキングに行く登山が趣味な男であった。


妻は、OLをしており、同じく登山が趣味であった。

二人が出逢ったのも、とある山へ登山に行った時である。


夫は、働き者で優しい男であったが、妻は、そんな夫に物足りなさを感じていた。


やがて、妻は、別の男に心を奪われていく。

そして、次第に妻の心は、その男に夢中になり、夫の事が邪魔になった。


ある日。偶然、夫と妻は、同じ休みになった。

妻は、二人が出逢った思い出の山に、もう一度、行こうと誘う。

元々、山が好きだった夫は、妻と山へ行く事にした。


この辺りで、出逢ったのだとか、初めて交わした言葉は、こうだったとか、楽しげに話す夫。

やがて、頂上に辿り着き、持ってきた弁当を食べながら、二人は、そこから見える美しい景色を眺めていた。


「いい気持ちだー。」


崖っぷちに立ち、そう言った夫を妻は、後ろから強く突き飛ばした。

夫は、驚いた顔で、妻を見つめながら、崖下へと落ちていった。


それから、三日が過ぎた。

夫が崖から落ちたと、警察に連絡をし、捜索隊が探したが、夫は、見つからなかった。


妻は、家で男と平然と暮らしていた。

そこに、一本の電話が鳴る。

妻が出ると、ガガガガ……ジジジジ……と変な音が流れてきた。


「もしもし?どちら様?」


妻が言うと、電話の向こう、くぐもった声が響いてくる。


「……今……から……帰る……」


その声は、夫の声だった。

妻は、慌てて電話を切ると、男に言う。


「今から帰るって……あの人が……。生きていたのかしら?」


「何だって!?」


男も眉を寄せ、驚いた声を上げた。


やがて、玄関のチャイムが鳴り、妻は、ビクッと身体を震わせた。

リビングから、ソッと玄関の方を見ると、玄関のドアの磨りガラスに人影が映っている。


恐る恐る、玄関に近付き、妻は、声を掛ける。


「誰……?」


返事はない。

しかし、人影は、まだ、そこに立っている。

妻は、眉を寄せ、玄関のドアの鍵を開け、ドアを開いた。


そこには、ボロボロの服に、頭がバックリと割れた夫が大量の血を流し、立っていた。

腕も足も、めちゃくちゃな方向に曲がっており、生きてる人間ではないと、すぐに分かった。


「た……だいま……」


真っ黒な闇の目で、夫は、そう言った。

妻は、悲鳴を上げ、腰を抜かして、その場に座り込んだ。

妻の悲鳴に、リビングから飛び出してきた男も、その姿に、悲鳴を上げる。

夫は、震える妻を悲しく見つめると、腰を抜かした妻の上に倒れ込んできた。


「きゃあああ!!」


それは、幽霊でも何でもなく、夫の死体だった。

死体は、所々、腐りかけていた。

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