第十三夜 桜の木の下での約束
「今から何百年もの昔。時は、戦国時代。この地で大きな戦がありました。数多くの若い武士が戦い、傷付き、そして、死んでいったのでございます。あちらをご覧下さい。」
旅行で、この地を訪れていた薫(かおる)は、片手を差し伸べ、バスガイドが指す方を見た。
今の季節は、春。
そこには、大きな桜の木があり、美しく花を咲かせていた。
「あの桜の木は、その戦国時代からあると言われております。」
薄桃色の花びらを微風に、ヒラヒラと舞い散らせている桜を薫は、不思議な気持ちで見つめていた。
「あらっ……?」
桜の花びらが舞い散る中、桜の木の下、鎧姿の男が一人、桜の木の側にある湖の方を見つめ、立っていた。
『何かのイベントかしら?』
薫は、そんな事を思いながら、男を見つめていた。
フッと、兜を被った男がこちらを見た。
薫と男の距離は、かなり離れているのに、男の表情が分かった。
男は、白粉を薄くつけた顔に、唇に紅をつけ、凛々しくも、美しい顔立ちをしていた。
だが、その瞳は、寂しげで、薫は、何故か胸がキュッと痛んだ。
「しばらく、この地を自由に観光して下さい。集合時間は……。」
バスガイドの話も最後まで聞かず、薫は、フラフラと、桜の木に導かれるように、そちらへ歩いて行った。
側に来た薫に、男は、とても嬉しそうに、口元に笑みを浮かべると、こう言った。
「やっと、会えましたな。」
そう言って、男は、薫の肩に手を置いた。
その瞬間、薫の脳裏に、ある記憶が蘇った。
いつの間にか、薫は、白い着物に身を包んでいた。
「あれから、どのぐらいの月日が流れたのでしょう?この時代が私がいた時代ではない事は、気付いておりました。しかし、ここで待っていれば、また、あなたに会える……そんな気がしたのでございます。」
「政勝(まさかつ)様……。」
何故か、この男の名前が政勝だと言う事が分かった。
そして、ある約束を思い出した。
時は遡り、戦国時代。
政勝と薫は、互いを想い合う仲であった。
しかし、武士である政勝は、戦に行かないといけない。
あの日、政勝が戦に行く前の晩。
ここで、この桜の木の下で約束したのだ。
「戦が終われば、あなたを迎えに参ります。ここで、私を待っていて下さらぬか?」
「はい……何時までも、お待ちしております。だから……生きて帰ってきて下さいまし、政勝様!」
「薫殿……!必ず、必ず敵を倒し、勝利の旗を上げ、あなたの元へ帰ります……!!」
そうだ……ずっと、何かを忘れていた気がしていた。
とても、大切な、とても、大事な事を……。
「政勝様……!」
薫は、政勝にしがみつくと、涙を流す。
政勝も、薫をきつく抱き締めた。
「……約束を果たせず、あなたを随分と待たせてしまった。けれども……。」
呟き、政勝は、スッと薫の側を離れた。
「あなたは、あの時の薫殿とは、違うのですね。」
寂しく、そう呟いた政勝に、薫は、首を振る。
「いいえ。例え、何百年と時が流れても、私の、あの時の、あなたへの想いは変わりません。私は、薫です……!!」
両手で顔を覆い、泣きじゃくる薫の頭を優しく撫で、政勝は、こう言った。
「相変わらずの泣き虫だ。」
クスッと笑った政勝を薫は、涙で濡れた顔で見つめた。
「そろそろ……行かねばなりませぬ。」
「えっ……?」
「あなたは、この時代で幸せにお暮らしなさい。」
政勝は、そこまで言うと、花びらを散らす桜の木を見上げる。
「この桜の木は、あの時と変わりませぬな。美しい……。」
呟く政勝の姿が次第に、透けていく。
「お待ち下さい!政勝様……!!」
政勝は、もう一度、薫を見つめる。
その瞳は、とても優しい光を放っていた。
スッと、政勝の姿が消え、薫は、ハッと我に返る。
自分の姿を見ると、もう元のワンピース姿だった。
昔、戦に行く男達は、最期に美しく死ぬ為に、死化粧をして、戦いに向かったのです。
何時でも死ぬ覚悟で、戦国時代の男達は、戦に向かっていました。
そんな戦人も、人の子です。
恋の一つもしたでしょう。
長きに渡った恋は、今、叶ったのかもしれません。
政勝の顔は、とても、穏やかで幸せな顔をしていましたとさ。
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