第六夜 雪山で出会った少女




幽霊といえば水辺のようですが、山での怪異も多数ございます。


登山をしていると、途中の道で一人で休憩している登山者と出会う。


「こんにちは。」


そう挨拶をされても、挨拶を返してはなりません。

何故なら、その人物は、山で滑落した死者だからであるなど。

後は、幽霊とは違うかもしれませんが有名な『雪女』の話もありますね。


今回は、そんな山での、不思議なお話でございます。





登山が趣味である洋平(ようへい)は、時間があれば、何処へでも出掛け、山登りをしていたのでございます。


いつもは、春に登山をするのですが、何故か、その時は、冬の山を登りたいという思いになったのでございます。


そして、バスや汽車を乗り継いで、辿り着いたのが、とある県にある一つの山でございました。


山の麓には、宿泊の出来る茶屋がございまして、少し長旅で疲れた洋平は、その茶屋に入ったのでございます。


茶屋の中には、一人の女がおりました。

女は、洋平の姿に、一瞬、驚いた顔をしましたが、すぐに笑顔を浮かべ、熱い茶を入れた湯呑みを運んで参りました。


「まぁまぁ……。お疲れ様でございます。外は、寒かったでしょう。さぁ、暖まって下さい。」


フッと見ると、女の横に、4歳ぐらいだろうか、赤いちゃんちゃんこを身に着けた少女がおりました。


「お子さんですか?」


洋平がそう言うと、女は、んっ?というような顔をしたが、店の奥で、ひょこり顔を出している少年を見て、ああ……という風に頷いた。


「はい、聡(さとし)と言います。」


女は、聡を手招きして呼ぶ。

聡は、恥ずかしそうに、女の後ろに隠れ、小さな声で言った。


「こんにちは……。」


洋平は、少し変だな?と思ったが、にっこりと微笑み、聡に挨拶を返す。


「お利口さんだね。」


そんな事を話している間も、少女は、ピッタリと女の側を離れず、にこにこと笑って立っている。

その少女には、触れもせず、女は言う。


「お客様、登山に来られたのですか?」


「ええ。何時もは、春に登山をするのだけれど、何故だか、冬山に登りたいという気持ちになったのです。」


洋平の言葉に、女は、少し顔を曇らせ、こう言った。


「冬の山は、雪でキラキラと綺麗ですが、とても危険ですよ。折角、来られたのに、なんですけれど……おやめになられた方がよろしいのでは……?」


「御心配頂き、ありがとうございます。大丈夫ですよ。僕も、登山には慣れています。何日か、ここに滞在するつもりです。安全な日を選んで登りますから。」


茶をすすりながら、洋平が言うと、女は、それ以上、何も言わず、奥へと、聡を連れて向かった。


フッと、気が付くと、赤いちゃんちゃんこを着た少女は、洋平と向かい合わせの椅子に腰掛け、両足をブランブランと揺らしている。


「お名前、聞いてもいいかな?」


洋平の言葉に、少女は、可愛らしい笑顔を浮かべた。


「なおちゃん!」


「そう、なおちゃんか。お兄ちゃんは、洋平だよ。」


なおは、ぴょんと、椅子から飛び降りると、タタタと駆けて行き、戸口へ向かい、洋平の方を向いて、おいでと手招きをした。


洋平も立ち上がり、なおの元へ行く。


外へ駆けて行く、なおを追いかけ、洋平が茶屋の裏側へ来ると、そこに小さな地蔵が、真っ白な雪を頭から被り立っていた。


「わぁ、お地蔵様、寒そうだね。可哀想だね。」


地蔵に近付き、雪を払い、自分の巻いているマフラーを地蔵の首に巻く洋平。


それを見ながら、なおは、嬉しそうに笑っている。




茶屋の二階で、一晩を過ごした洋平は、登山の準備をして、茶屋の外へ出た。


「今日は、良い天気です事……。御存知かと思いますが山の天候は変わりやすいので、日が暮れる前に、お戻り下さいませね。」


心配そうに言う女に、洋平は、軽く笑い山に向かって歩き出した。


その日は、本当に気持ちの良い日だった。

太陽の光に、雪山がキラキラと、眩しく光り、とても美しかった。

カメラを片手に、洋平が写真を撮りながら、山を進んでいると、何処からか、雪の塊が飛んできて、洋平の頭に当たった。

フッと見ると、なおがケラケラと笑っている。


「こ〜らっ!」


笑いながら、洋平が言うと、なおは、キャッキャッと声を上げ、山の上に向かう道を走って行く。


「おい!なおちゃん!一人で山へ行くと、危ないよ!茶屋に戻りなさい!」


洋平がそう声を掛けたが、なおは、どんどん山を登って行く。


なおが心配で、後を追う洋平。


何時の間にか、随分と山奥に入り込んでしまったようだ。


「おーい!なおちゃーん!」


なおを探したが見失ったようだ。


洋平は、辺りを見渡す。

初めて来た山。

どうやら、道に迷ったようだ。

フッと雪の上を見ると、道案内の看板が吹雪で倒れたのであろう、雪に埋もれて倒れていた。


「困ったな……。」


呟き、洋平が歩き出そうとすると、


「そっちは、危ないよ。」


なおの声が響いた。

洋平は、なおを探したが姿が見えない。


「もうすぐ、吹雪になるよ。お店に戻って。」


そう声が聞こえ、雪の上に小さな足跡が、タタタと出てきた。


「こっち!こっち!」


なおの声に引かれるように、洋平は、山道を歩いた。


茶屋の外では、女が心配そうな顔で立っていた。

洋平は、女の元に走り寄る。


「お客様、心配しておりました。ご無事で良かった……。」


ホッと胸を撫で下ろす女に、洋平は、尋ねる。


「なおちゃんは、帰ってきましたか!?」


「えっ……?なお……?」


しばらく考え、女は、眉を寄せた。


「なおは、私の祖父の子供です。」


「えっ!?」


驚き声を上げた洋平に、女は言う。


「なおは、4歳の時に、きこりの仕事をしていた祖父の後を追って、山に入ったきり、行方が分からなくなったのです。もう、かなり昔の話です。」


女は、そう言って、茶屋の裏側に洋平を案内した。


「あの地蔵は、そのなおの為に、祖父が作ったものです。」


洋平がマフラーを巻いてあげた地蔵は、赤いちゃんちゃんこを身に着け、まるで、にっこりと微笑んでいるようでしたとさ。




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