第五夜 待っていましたよ




ある男が女と心中をはかった。


男、雄一(ゆういち)には、妻子がいたが、会社の付き合いで行った、とある店の座敷で、出会った芸者の一人、秀奴(ひでやっこ)に一目惚れしたのです。


秀奴も、雄一を一目見た時から、恋心を抱くようになり、二人は、こっそり会っていたのでございます。


秀奴は、雄一に妻子がいる事は承知でしたが、この恋心を止める事は出来ませんでした。


「雄一さんと別れるぐらいなら、私……死んでも構いません。」


秀奴に、そう言われ、雄一も、同じような事を言ったのでしょう。

この世で結ばれないのなら、あの世で一緒になりましょう。

そんな話を二人でしたのかもしれません。


二人は、湖に来ると、睡眠薬を飲み、深い。深い湖の中に入ったのでございます。

しかし、運命というのは、残酷です。

あの世に行ったのは、秀奴だけでございました。


この湖は、自殺者が多く、水深もかなり深く、湖の底には、藻が沢山あり、死体も上がらないという噂です。



命を取り留めた雄一でしたが、その日から、妙な夢を見るようになります。

湖の水面に、悲しげに立つ秀奴が、おいで〜おいで〜というように、手招きをするのです。


『秀奴には、本当に申し訳ない事をした。きっと、寂しくて、私を呼んでいるのだ。』


そう感じた雄一は、あの湖に、出掛けたのでした。




「秀奴!いるのだろ?私だ、雄一だ!」


雄一がそう言うと、湖の水面がサワサワと揺れ、湖の中から、着物姿の女がスッと現れました。

後ろ向きではありましたが、間違いなく、秀奴のようです。


「秀奴!!」


雄一は、バシャバシャと湖の中に入っていきます。

けれども、なかなか側に近付く事が出来ません。

やっとの思いで、側に近付いた時には、湖の水は、雄一の肩を過ぎておりました。


「秀奴……。」


雄一がそう声を掛けると、女は、ゆっくりと、こちらを振り向く。


「お……お前は!?」


振り向いた女の両目はなく、真っ黒な闇でした。

顔の皮膚は、ほとんど腐り、所々、骨が見えております。


「待っていましたよ。」


そう呟いた女の声は、秀奴ではなかったのです。

驚き、雄一は、湖から出ようとしましたが、シュルシュルと藻が足に絡みつき、動けません。


「う……うわぁー……!!」


雄一の叫び声は、湖の水に消され、雄一は、湖の底深く、沈んでいきました。





後日、何とか命を取り留めた秀奴が、湖に来ました。

花束を湖に流し、手を合わせます。


「雄一さん……。何故、一人で逝ってしまったのです?私は、こうして、惨めに生きていますのに……。」


秀奴の瞳から、涙が零れ、頬を伝って、湖の水面に、ポタリと落ちました。


涙が落ちた水面が、何時までも、ユラユラと、揺れていましたとさ。

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