第二夜 掛け軸の女
掛け軸、あなたの家にもありますでしょうか?
幽霊の掛け軸、本物の血で描かれた掛け軸。
世の中には、そんな不気味な掛け軸もございます。
さて、次の話は、そんな掛け軸のお話を致しましょう。
とある骨董屋に、一つの掛け軸がありました。
その掛け軸には、美しい女の姿が描かれてあったのでございます。
いつの時代に、誰が描いたのかは、分かりませんでしたが、その骨董屋に、何時も通っている男がおりまして、掛け軸を一目見た時から、そこに描かれている女に、心を奪われたのでございます。
男は、ある大学に通う学生でした。
骨董品が好きで、この店の常連でございました。
男の名は、トオルとでも申しておきましょうか。
トオルは、その日も、何時ものように、骨董屋に来ていたのでございます。
まだ学生で、貯金も無かったトオルに、骨董品など買えるお金は、ございません。
けれども、買えなくても、ただ、こうして見ているだけでも、心が落ち着いたのでございます。
フッと、壁に掛けてある一つの掛け軸に目を止めたトオルは、まるで、金縛りにあったかのように、その場で動けなくなりました。
その掛け軸には、一人の女が描かれておりました。
天女のような羽衣を身にまとい、長い髪を上に束ねた女は、まるで天を羽ばたいているように、空を舞い、薄く微笑んでおりました。
しかし、その瞳は、何処か寂しげで、トオルは、女の瞳を見つめたまま、しばらく、そこに立ち尽くしていたのでございます。
ー寂しいの……。ー
そんな声が聞こえ、トオルは、辺りを見回したが、誰もいない。
店の主人がカウンターで、ウトウトと居眠りをしているだけ。
ー寂しいの……。一人は、寂しいの。ー
また声がした。
どうやら、声は、掛け軸から聞こえるようである。
薄く紅を引いた女の唇が動く。
ー私と……一緒に居て下さいまし。ー
寂しく呟く女に、トオルは、驚いたが、すぐに優しく微笑む。
そして、掛け軸の値段に目をやり、溜息をついた。
16万……。
16万もの値段をつけられた、この掛け軸。
きっと、有名な画家か……。
そう思って、作者名を探すが何も描かれていない。
ただ、掛け軸の隅に『陽姫』(ようひ)と書かれてあった。
「君は、陽姫という名前なのかい?」
トオルの言葉に、女は、小さく頷いた。
「僕は、トオルと言うのだが……。僕は、学生の身で、貯金もない。君を連れて帰りたいけれども、出来ないのだ。」
トオルがそう言うと、陽姫は、言う。
ートオルは、私の事が好きですか?ー
「ああ、好きだよ。出来る事ならば、僕も君と一緒に居たい。」
ーでは、私を好きだと思う気持ちを強く持って、私に触れて下さいまし。ー
トオルは、陽姫に言われた通りに、ソッと掛け軸の中の彼女に触れた。
『ずっと、君と一緒に居たい。離れたくない。』
強く強く、そう思って、掛け軸の陽姫に触れた。
何時間ぐらい経ったでしょうか?
店の主人が居眠りから目を覚まし、フッと、掛け軸に目をやり、首を傾げた。
「おや?あの掛け軸……あのような絵だったかな?」
掛け軸の中では、男女が抱き合い、幸せそうな顔で見つめ合っていた。
その男の顔は、トオルであった。
ヒラヒラと、掛け軸の裏から、一枚の紙が落ちて参りました。
そこには…………
『男を惑わす【妖姫】をここに封ずる』
と、書かれてありましたとさ。
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