第一夜 井戸に関する話
時は、ずっと遡り、江戸の時代でございます。
この頃の町民は、井戸水を使用しており、井戸は、無くてはならないものでした。
川が近くにある家の者達は、川を利用しておりました。
ここに、毎日、働きもせずに、酒を飲んでは、ブラブラと遊び呆けている一人の男がございました。
この男、名前を矢作(やさく)と申します。
矢作には、女房、子供がおりましたが、酔った勢いで、とある女に手を出した。
女の名前は、香代(かよ)と申します。
香代は、矢作がいつも通っている飲み屋で働いておりました。
気立てが良くて優しくて、しかも美人ときたら、男は、放っておきません。
何とか香代を振り向かせようと、男達は言い寄りますが香代は、笑って誤魔化すばかり。
その香代を必ず自分の手に入れたくて、矢作は、毎日、香代を口説いておりました。
自分は、卸問屋の一人息子で、何れは家を継ぐ、自分と夫婦になれば、苦労はさせないとか何とか、都合の良い事ばかり申しまして、その言葉に騙された香代は、とうとう矢作と一つになったのでございます。
しかし、矢作は、何時まで経っても、夫婦にならない、家に行ってみたいと申しても、今は、忙しいから無理だと言う。
そんな事が何日も続き、ある日の晩。
酒に酔って帰る矢作の後を香代はつけて参りました。
矢作は、ボロボロの長屋の方へ歩いて行き、長屋にある井戸に近い部屋の障子を開け、中に入って行きます。
香代は、その部屋の小窓から、ソッと中を覗く。
すると、中には、美しい妻と子供が矢作と楽しそうに話しています。
『騙された……!!』
香代は、そう思い、中にいる矢作を鋭く睨む。
その視線に気付いた矢作は、小窓の方を見て、ギョッとする。
まるで、鬼のような形相で見つめる香代と目が合います。
慌てて部屋の外へ出た矢作は、香代の手を引き、部屋から離れる。
「あんた、私を騙したんだね?」
あんなに大人しそうな顔をした香代とは思えぬほど、彼女の顔は、豹変しておりました。
「騙すつもりは、なかったんだ。お前の事は、好きだ。それは、本当だ!」
また都合の良い事を矢作は言い、香代を落ち着かせようとしましたが、香代は、大きな声で怒鳴るように、こう言いました。
「あんたと私の関係を全部、話してやる!」
そう言って、部屋に向かおうとする、香代と矢作は、揉み合いになり、足を滑らせた香代は、近くにあった井戸の中へ落ちてしまいました。
ハッとなった矢作でしたが辺りを見回し、誰もいない事を確かめると、何事もなく、自分の部屋へと入って行きました。
さて、その次の日から、長屋で、おかしな噂が流れ始める。
井戸から、ずぶ濡れの女が出てきて、恨めしそうに、矢作の部屋を見つめている……と。
そんな気味の悪い噂に、矢作の妻と子供は気持ち悪いと、妻の母親の元へと帰ってしまった。
一人になった矢作は、家でやけ酒を飲んでおりました。
「矢作さーん……矢作さーん……。」
名前を呼ばれ、フラフラと部屋を出た矢作は、井戸に立つ、ずぶ濡れの香代の姿に、腰を抜かす。
「矢作さーん……一人は、寂しいよ。ここは、暗くて、冷たいよ……。」
おいでおいでと、手招きをする香代に、矢作は、部屋の中へ転がり込み、障子を強く閉めた。
部屋に灯した行灯の火がユラユラと揺れ、フッと消えると、部屋の中に、髪を乱した香代が立つ。
「あんたを信じていたのに……。恨めしい……矢作さん。」
乱れた髪を唇にくわえ、香代は、じっと、矢作を睨む。
「わぁー!!」
悲鳴を上げ、外へ飛び出した矢作は、ツルリと足を滑らせ、体勢を立て直そうとしたが、そのまま井戸の中へ
ドボーン!!
と落ちていった。
それから、その井戸では、赤い水が出るとか、男女の幽霊が出るとか、変な噂が流れ、いつしか井戸は、使われなくなりましたとさ。
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