第十五夜 置行堀(おいてけぼり)奇談




江戸時代の頃。

置行堀という川(堀)がございました。

その川では、面白い程、魚が釣れるのに、そこでは、魚を釣ってはならないと言われておりました。


何故なら、そこで魚を釣ると、必ず、怪異が起こるからです。

例えば、魚が面白い程、釣れるので、魚篭(びく)いっぱいに魚を釣る。

さて、帰ろうかとすると、川の中から、


「置いてけ〜置いてけ〜」


と、不気味な声が聞こえ、その声を無視して、魚を持って帰ろうとすると、何者かに、川へ引きずり込まれ、溺れ死ぬ。

また、魚を持って帰ったとしても、金縛りにあい、悪夢にうなされる……等々。


さて、ある日の事。

釣り好きな男が一人、置行堀へと、やって参りました。

この置行堀の噂は聞いて知っておりましたが、男は、そんな話を信じてはいませんでした。

男の名前は、弥吉(やきち)とでも申しておきましょうか。

弥吉は、釣竿と魚篭を持って、鼻歌混じりに、川へやって参りました。

その日は、朝から、とても良い天気で、お天道様が眩しく輝き、雲一つない青空が広がり、気持ちの良い日でございました。


しばらく、川に糸を垂らしておりますと、まぁ、面白い程、魚が釣れる。


「こんなに魚が捕れるなんて、すごいぞ!」


弥吉は、夢中で魚を釣り上げます。

魚篭いっぱいに魚を釣った弥吉は、そろそろ帰ろうかと、帰る準備を始めます。

すると、今まで、晴れていた空が次第に曇りだし、ゴロゴロと雷の音が響いて参りました。


「こりゃあ、一雨降りそうだ。急いで帰ろう。」


弥吉が慌てて、川を離れようとすると、何処からか、声が響いてきます。


「置いてけ〜置いてけ〜」


地の底から響いてくるような声は、川の中から聞こえるようです。


「これか、噂の声は……。ヘンッ!折角、釣れた魚だ。誰が置いていくか。」


弥吉は、声を無視して、帰ろうとします。


「置いてけ〜!置いてけ〜!」


声は、ますます、大きくなっていきます。

強がっていた弥吉も、次第に、恐ろしくなっていきます。

とうとう、腰を抜かし、座り込むと、魚篭の中の魚を川へと戻します。


「ほ、ほら、魚は、もう返しただ!」


弥吉は、そう言いますが、声は、まだ聞こえます。


「置いてけ〜置いてけ〜。……魚ではなく、お前の肝を置いてけ〜!!」


そう声が聞こえたかと思うと、川の中から、何か黒い影が飛び出してきて、腰を抜かし、悲鳴を上げる弥吉へと、飛びかかってきました。


「ぎゃあああーーー!!」


弥吉の断末魔の声が響き渡り、やがて、何事もなかったように、シーンと静まり返り、空も、元のように、晴れ渡っておりました。


弥吉の変わり果てた姿が川で見つかったのは、夕方頃でございました。

飛び出るぐらいに、目を見開き、息絶えていた弥吉は、肝をきれいに抜き取られておりました。





昔、川には、河童が住むと言われておりました。

河童は、人間の子供と相撲をとったりして、遊ぶのが好きだと言われております。

その反面、川の近くを通りかかった馬や牛を川へ引きずり込み、食べると言われております。

そして、もう一つ……


河童は、人間の肝を好むとも伝えられております。

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