第十六夜 現代版牡丹燈籠




資産家の一人息子、結城 譲一郎(ゆうき じょういちろう)は、いつも行く、美術館で一人の女性と出会う。


女性は、とある会社の社長令嬢で、橘 香織(たちばな かおり)といった。

香織は、付き人の山路(やまじ)という初老の男と一緒に美術館に来ていた。


真っ白なワンピースに、赤いハイヒールを履いた香織は、柔らかな長い黒髪をした美しい女性だった。

譲一郎は、香織を一目見た時から、恋をしてしまう。

香織も、譲一郎の事を好意に思い、二人は、何時しか恋仲になった。


香織と出会ってから、一週間後。

急に、パタリと香織の姿を見なくなり、譲一郎は、少し気落ちしていた。

そんな譲一郎に、彼の友人である如月 彰人(きさらぎ あきと)が声を掛けた。


譲一郎から香織の話を聞いた彰人は、そんなに心配なら、香織の家に直接、会いに行けばいいと言う。

内気な譲一郎の為、彰人も付き合い、香織の家に向かったのだが、対応に出た山路の話によると、香織は、体調を崩し、入院していると言う。

香織も譲一郎に、大変、会いたがっているが面会謝絶の為、会えないらしい。

その日は、仕方なく家に帰った譲一郎であった。


それなら、三日程経った夜だった。

時刻は、夜の12時を過ぎていた。

書斎で本を読んでいた譲一郎は、そろそろ寝ようと、一人掛けのソファーから立ち上がった。

すると、庭の方から、コツーン……コツーンと、足音が聞こえる。

窓辺に立ち、カーテンの隙間から、譲一郎が外を覗くと、ぼんやりと明かりが見える。

その明かりが近付いてきて、足元を照らすと、赤いハイヒールが見えた。

まさか!と思い、慌てて、玄関へ向かい、ドアを開けた譲一郎は、そこに立つ、山路と香織の姿に驚く。


「夜分遅くに申し訳ございません。お嬢様がどうしても、貴方様に、お会いしたいと仰られるもので、失礼かと思いましたが尋ねて参りました。」


静かな声で、山路は、そう言った。

赤い牡丹の花の柄の付いた懐中電灯を持つ、山路の手が少し震えている。

香織は、山路の隣で、白いワンピースと赤いハイヒール姿で、俯き黙って立っている。


「香織さん、お身体は、もう大丈夫なのですか?」


譲一郎の言葉に、香織は、黙ったまま頷いた。

中に入るように言ったが、山路は、外で待っていると言う。

香織と二人、家の中へ入った譲一郎は、嬉しさのあまりに香織の身体を両手で抱き締めた。

服を着ているというのに、香織の身体は、ひんやりと冷たかった。

夜風に冷えたのか?と思ったが、譲一郎は、特には何も言わなかった。


「……会いたかった、譲一郎様。」


か細い消え入りそうな声で、香織は、呟いた。


「私もです。香織さん。」


二人は、会えなかった分を埋めるかのように抱き合い、そして、その日、初めて愛し合った。


その日から、香織は、毎晩のように、山路と共に、譲一郎の家を尋ねて来た。

牡丹の花の柄の付いた灯りを持って……。


久しぶりに、譲一郎に会った彰人は、彼の変わりように驚く。

しばらく会わないうちに、譲一郎は、痩せ細り、顔も、げっそりと頬がこけ、まるで死人のようであった。


「譲一郎、お前、大丈夫か?顔色が悪いぞ。」


彰人の言葉に、譲一郎は、力無く笑う。


「大丈夫だ。心配はいらないよ。私は、今、とても幸せなんだ。毎晩、香織さんが会いに来てくれるのだから。」


譲一郎がそう言うと、彰人は、驚いた顔をした。


「何だって?今……香織さんと言ったのか?」


「そうだよ、香織さんだよ。」


顔色は悪いがうっとりとした顔で言う譲一郎の両肩を強く掴むと、彰人は、こう言った。


「香織さんは、四日前に死んだんだよ!あの後、心配で、香織さんの家に行ったら、病気で亡くなったって……。」


「えっ?じゃあ、俺の会ってる香織さんは……?」


「お前、幽霊にとり憑かれているんじゃないか!?いいか、今度、香織さんが尋ねて来ても、会ってはいけないぞ。でないと、お前……死ぬぞ!」




彰人に、会うなと言われたが悲しげに見つめる香織に帰れとは言えない。

そんな譲一郎に、彰人は、とある有名な霊媒師を紹介する。


「いいですか。ここに結界をはります。今後、香織さんが尋ねて来ても、決して、中には入れてはなりません。」



結界のはられた部屋の中で、譲一郎は、過ごす事になる。

やがて、夜になり、コツーンコツーンとハイヒールの音が響いてくる。


「譲一郎様、何処ですの?譲一郎様。」


窓の外から、香織の声が聞こえる。

譲一郎は、両手で耳を塞ぎ、目をきつく閉じた。


「譲一郎様……。私の事が嫌いですか?もし、そうでなかったら、出て来て下さいませ。会いたい……譲一郎……。」


泣いているのか、香織の声が震えている。

思わず、結界の外へ出て窓辺に行くと、譲一郎は、カーテンを開け、窓を開けた。


月明かりに、香織と山路の姿が照らされる。

牡丹の花の柄の付いた灯りを持つ二人は、真っ白な骸骨だった。


「うわぁー!!」


悲鳴を上げ、慌てて窓を閉めようとした譲一郎の腕を真っ白な骨の手が掴む。


「寂しいの……譲一郎様。御一緒に来て下さいませ……。」


呟く骨となった香織の口から、白い煙が出てきて、譲一郎の身体を包んでいった。





翌日、譲一郎の家に向かった彰人は、寝室のベッドの上、真っ白なワンピースに赤いハイヒールを履いた骸骨と、一晩で骨になってしまった譲一郎の姿を発見する。

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