第九夜 蝉
私達が子供の頃は、よく蝉取りを致しました。
夏の暑い中、麦わら帽子を被って、虫かごと網を持って、走り回っていた記憶があります。
成虫になり、土の中から出できた蝉は、限りある命を賭け、鳴き続けます。
みなさま、御存知の通り、鳴くのは、雄だけでございます。
そんな蝉も、土の中では、3年から17年もの長い間、生きているそうです。
さて、今回は、そんな蝉のお話を丁度、蝉の声を聴きながら、お話させて頂こうと思います。
小学生の頃に、学校でイジメにあってから、公彦(きみひこ)は、引きこもりになってしまった。
最初は、部屋から出て、風呂や食事をしていたが、それも最近ではしなくなり、自分の部屋に閉じこもり、一切、出てきません。
そんな公彦の事を初めは、心配していた両親でしたが長年、引きこもり状態が続き、父親は、知らぬ顔、母親は、心配は心配であったが特別、何かをする事もなく、月日が流れて行きました。
「あなた……。公彦、最近、食事を運んでも、食べないんです。」
「公彦?ああ、あの、どうしようもない息子の事か。」
心配な面持ちで言う妻に、夫は、気にする事もなく、ビールを飲んでいる。
「もう、一週間も食べていませんのよ。あの子……生きているのですかね?」
「知らん!そんなに気になるなら、部屋をこじ開けて、中を見ればいいだろ。俺は、仕事で疲れてるんだ。家や子供の事は、お前が、ちゃんとしろ。」
なんと無責任な父親でしょう。
しかし、妻は、そんな夫に逆らえない、おとなしい性格です。
「だいたい、お前に似たんだ。言いたい事も言えずに、黙って閉じこもったままで。」
夫の、その言葉に、妻は、もう、それ以上は、何も言えません。
妻は、二階にある公彦の部屋へ行くと、ドアをノックした。
「公彦、いるの?」
中は、シーンとしていて、何も聞こえません。
妻がドアのノブを回すと、カチャリと開きました。
どうやら、鍵は、掛かっていないようです。
「公彦……?」
部屋は、カーテンも閉め切り、真っ暗です。
しかし、部屋の真ん中に、何か大きな光るものがあります。
「なんなの?これ?」
妻は、眉を寄せ、それに近付き、驚いて目を見開いた。
それは、虫のサナギのような形をしていて、中で、モソモソと、何かが動いておりました。
「きゃあああ!!」
妻の悲鳴に、夫も部屋へと駆けてきました。
「な、何なんだ、これは!?」
驚き、見つめる二人の前で、そのサナギの殻がパリ……パリパリ……と、ひび割れ始めました。
殻の中央がバリバリと裂け、その中から出てきたのは、大きな蝉でした。
いえ、姿は蝉でしたが、顔は、公彦です。
蝉の形をした公彦は、驚き見つめる両親をゆっくりと見ると、
「つくづく〜いやだ〜。つくづく〜いやだ〜。」
と、凄い声で鳴き始めました。
何を思ったか、夫がカーテンを開け、窓を開けると、公彦の顔をした巨大な蝉は、羽をバタバタと羽ばたかせ、窓から外へと、飛び出して行きました。
やっと、自由になった公彦蝉は、嬉しそうに、空を飛んで行きましたとさ。
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