第十夜 気付かない男
世の中には、鈍い人がいるものでございます。
今風に言いますと、KY(空気読めない)とでも申しますでしょうか。
そんなKYな、気付かない男のお話を致しましょう。
高校、大学と希望校をトントン拍子で上っていた勇武(いさむ)は、なかなか就職が決まらず、焦っておりました。
いろんな会社に面接に行くのですが、どういう訳か、何処も彼を受け入れてくれません。
大学までは、良い調子だったのに、何故、就職出来ないのか。
良い会社に入る為に、自分は、一生懸命、頑張ってきたのに。
同い年の子が遊んでいる中、勉学に励んできたのに。
新しいスーツに、新しい靴。
髪型も、きちんとしている。
面接の時間の30分前には着き、待って待って……結果は、いつも、不採用。
大学時代、勇武を頼り、期待していた両親も、今では、沈んだ顔をして、言葉も掛けてくれない。
俺は、いったい、何の為に頑張ってきたのだ。
そして、何度目かの面接の日。
待合室で待ってた勇武をじっと見つめる、一人の女がいた。
見た感じ、この会社の事務をしているようだ。
胸に付けた名札を見る。
結城(ゆうき)と書いてあった。
自分をじっと見つめる結城の目がまるで、哀れみを含んだような感じがして、勇武は、ムッとした表情をする。
すると、結城は、カツカツと、ハイヒールの音を響かせ、勇武の側へ、やって来た。
「あなた……。」
指を一本、唇に当て、呟いた結城に、もしや、面接の時間を間違えたかと、少し焦った感じに、勇武は、声を上げた。
「面接の時間、9時半ですよね!」
待合室の柱に掛けてある時計に目をやる。
まだ、時計の針は、9時をさしたばかり。
「いや……。そうじゃなくて。」
結城は、辺りに誰もいないのを確かめると、勇武の方に、顔を近付けた。
「気付いてないの?」
「えっ……?な、何がですか?」
「あなた……。」
そこまで、言うと、結城は、一呼吸おいて、
「死んでますよ?」
と、言った。
勇武は、待合室にある壁に掛かった鏡に、ゆっくり目を向けた。
そこに映っている自分の姿は、ボロボロのスーツに、腕が変な方向に曲がり、額がパックリと割れていた。
それを見て、勇武は、気付いた。
俺……初めての面接の日に、時間に遅れそうで、急いでいて、そして……赤信号で渡って、車に跳ねられたんだ……!!
震える瞳で見つめる勇武に、結城は、にっこりと微笑み、こう言った。
「やっと、気付いたんですね。良かった。見えてたのが私で良かったですね〜。就職活動しても無理ですよ〜。空気読んで下さいね。」
笑いながら、そう言うと、結城は、何事もなく、カツカツと、その場を去って行った。
その後ろ姿を勇武は、キョトンとした顔で、見つめていましたとさ。
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