第八夜 産女




みなさまは、産女を御存知でしょうか?


産女とは、主に西日本に伝わる、難産で死んでしまった女の幽霊が妖怪化したものでございます。


出産は、命懸けと申します。

今では、医学も発達しており、小さな未熟児の子供も育つと言われます。

しかし、それでも、亡くなってしまう命も少なくは、ありません。


まだ医学が発達していなかった頃。

多くの女性が出産で亡くなったかもしれません。

今回は、そんな産女のお話でございます。




昔、昔のお話です。

とある村に、若い夫婦が住んでおりました。


夫は、きすけ、妻は、みやとでも申しましょうか。

二人は、とても貧しい暮らしをしておりました。

仕事といえば、田畑を耕すぐらいしかありません。

働いても働いても、暮らしは、なかなか豊かにならず、その日を過ごす事がやっとでありました。


ずっと、働き続けていたのが祟ったのか、みやは、時々、寝込むようになり、二人の暮らしは、ますます、貧しいものとなりました。


そんな、ある日。

みやが妊娠したのでございます。

長い事、子宝に恵まれず、きすけとみやは、大変、喜びました。

けれども、赤子が産まれると、暮らしは、また厳しくなるでしょう。

みやは、半分、嬉しいのと、半分、このまま流産してしまえばという思いがございました。


何ヶ月も過ぎ、腹が大きくなり始めると、やはり、そこは、母親。

我が子を思う愛しさで、喜びの方が強くなったのでございます。


いよいよ、出産の日となりましたが、元々、身体の弱かったのと、難産というのが重なり、子供は、産まれたが、みやは、亡くなってしまいました。


嘆き悲しんだ、きすけでしたが産まれた我が子の為、今までよりも、更に、身を粉にして働いたのでございます。


きすけは、働いている間、赤子を家に置いていたのですが、不思議な事に、赤子は、一度も泣きもせず、ずっと、スヤスヤとおとなしく寝ているのでございます。


『もしや、何か病にもかかったか?』


心配になった、きすけは、村の医者に赤子を連れて行った。


しかし、医者が言うには、


「なんの心配もいらん。この子は、健康体じゃ。」


との事。

食べ物もろくにない時代。

赤子に与える乳さえもなく、芋の汁や同じ赤子を持つ村の女に、乳を飲ませてもらったりとしていたが、それでも、まともに与える事など出来ません。

なのに、赤子は、泣きもせず、おとなしい。

しかも、時々、キャッキャッと嬉しそうに、声を上げている。

きすけは、妙な気持ちで過ごしておりました。


ある日の事。

その日は、朝から調子の悪かった、きすけは、畑仕事を早めに終え、ボロ屋の自分の家に帰ったのでございます。


家の近くに来ますと、中から、赤子が笑う声が聞こえます。

きすけは、小窓から、そっと中を覗きました。


囲炉裏の側、赤子を抱く、女の後ろ姿が見えます。

驚き、中へ入った、きすけは、少し強い口調で言います。


「誰だ!お前は!?」


きすけの声に、ゆっくりと振り向いた、その顔は、みやでした。


「みや……?」


驚き、戸口に立つ、きすけに、みやは、涙を流し、小さな声で呟きます。


「一度でいい……一度でいいから、この子を抱いてみたかった……乳を飲ませてやりたかった……。」


赤子を抱いたまま、スッと静かに立った、みやは、白い襦袢の下を真っ赤に、血に染めていました。


みやは、きすけに軽く頭を下げると、フッと、赤子を抱いたまま、消えたのでございます。


「みや……!!」


叫び、きすけが囲炉裏の側へ行きますと、そこには、もう既に、骨になった赤子の姿がありました。


毎日、おとなしいと思っていた赤子は、もう、かなり以前に、死んでいましたとさ。

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