第3話 お忍びのアイドルがUFOキャッチャーで台パンしている

「あ、あ、あー!」

 と、クレーンのアームから落ちたスイカのぬいぐるみを見てシノが嘆く。

 心底悔しがっているようで、その声量に加減はない。通りかかった小学生低学年ぐらいの子どもがぎょっとしているのを見て、空笑いする。


 お忍びのアイドルがUFOキャッチャーで台パンしている。やめなさいと言うと、むーと不満そうに目を細めた。

 ご飯食べに来ただけだったのに、なんでこうなったかなー。

 思い返してみても、ここに至る前フリはなかったように思う。人生はゲームのように伏線はなく、いつだって偶然の連続だった。クソゲーかな。


 付き合ってと、可愛げのあるいい顔で連れてこられたのはゲームセンターだった。

 駅近くにあるスーパーの最上階にあって、学生よりは親子連れの客層が多い。夏休みとはいえ、平日の昼間とあってか母子の組み合わせがちらほら見られて、遊んでらっしゃいとゲームのそのに子どもを解き放っている。


 母子ははこが多いとはいえ、この街では唯一のゲームセンターだ。時折、俺も遊びに来ている。シノも来ていたのは知らなかったけど。

 手を伸ばせないガラスの箱に張り付いて「ぐぬぬ」するシノ。子どもよりも子どもな行動で、見ていると親目線で不安になってくる。

 ただまぁ、子どもと違うのはお金の有無だろう。

「ちょっと待ってて」と、返事も待たずに駆けていく。遅れて「わかった」と言ってみたけど、聞こえてはいないだろう。一瞬、お手洗いかなと思ったけど、どこからかジャバァッと複数の硬貨がまとめて落ちる音がして察する。


 予想は正解で、戻ってきたシノの手には光沢の失われた銀色の硬貨が乗せられていた。

「絶対取る」

 レバーの横に硬貨をじゃらっと投げるように置いて、投入口に飲み込ませる。後ろから見るシノの肩はわなないており、やる気と怒りが感じられた。


 硬貨のタワーを建ててUFOキャッチャーに挑む人って、現実にいるんだ。

 シノは硬貨を転がしているだけだが、どうあれ小銭を広げてUFOキャッチャーをする人がいるとは思わなかった。

 フィクションの中の人かよと思ったが、人気アイドルなんて存在がフィクションみたいなものなので、あながち間違ってないのかもしれない。

「こ、……こ? いける?」

 頭をひょこひょこ動かして、クレーンとぬいぐるみとの距離感を計っている。


 これは時間がかかりそうだ。嘆息する。

 一方的に友達と思っているなんて嫌と文句を言っていたから、俺との交友を深めたいのかと思っていたが、シノが向き合っているのは筐体の中にある大きなスイカのぬいぐるみだ。俺のこと忘れてるんじゃないかと危惧してしまう。

 一人プレイのゲームも多いし、実はゲームセンターって、複数人で遊びに来るのは向いてないのではと思っていると、苛立ちを隠そうともしないままシノが声をかけてきた。相変わらず、こちらに背中を向けたままだけど。


「ユウともこうやって遊びに行ったりするの?」

 やっぱり妹のことだった。なにが偶然見かけたからだ。

 それ見たことかとジト目で背中を睨むけど、後ろに目がないシノは気付きようがない。結局、都合のいい男だなと自嘲して、でも隠すことでもないので、彼女の後ろからクレーンを目で追いかけながら正直に答える。

「鞄届けたお礼だって、プラネタリウムに連れてってもらった」

 途端、アームが掴んでいたぬいぐるみが落ちる。ガラスの向こうでぼてんと転がる。ビビビと電子音を鳴らしながら、穴の上に戻っていくアームを見届ける。


 なんとも言えない間があった。

 それが気まずさによるものか、ただ単純に返事を考えているだけなのかはわからない。映画を見ていたら、急に黒い画面が出てきて止まったような、そんなだった。

「そっか」

 俺からなにか言うべきか。そんな気遣いを考え始めたところで、「連れてったんだ」という囁きを拾ってしまった。その囁きは、俺がユウさんとプラネタリウムに行った時に感じたものと似ていて、咎められているようで、緊張で伸びるように肌が張る。

 あの時訊いた『よかったの?』のが、『よくなかった』に変わっていく。でも、過去に言った言葉は変えられなくって、胸の内で失敗だったと後悔を抱えるだけだ。


「好きなの?」

「……は?」

 一瞬、なにを言っているか理解できず、口から思いの外、硬い声が出た。どういう流れで、どういう意図で訊いているのか。どばっと出そうになる追求を肺に送り返して、否定だけを舌に乗せる。

「そういうのじゃない」

「ユウはそう思ってないでしょ」

 否定に否定を重ねられる。

 結果、それは反転して肯定になるのだろうか。それとも、肯定でも否定でもないなにかになるのか。なにかとはなんなのか。

「ユウが誰かと、それも男と遊びに行くなんて、考えられなかった」

 俯くように頭が下がった。

 妹の知らない面を見て、彼女は好意を感じたのか。


 シノの言葉に理解は示せる。

 教室の隅っこの席で一人。誰とも話すところを見たことのないユウさんを知っている身としては、シノの言葉が正しいのはわかる。俺自身、彼女から好意に似たものを感じ取ってはいる。

 ここで、『……そうだったの?』と本気でとぼけるほど鈍くはない。


 でも、と否定に近い逆接が心の表面に浮かび上がる。

 そのでもは、ユウさんとプラネタリウに行った時から抱えていたもので、答えが出ないまま心の底に沈んでいた疑問だった。

「……わたしを観てくれる人と来たかったっていうのは、好意なのかな」

 好意はある。

 でも、それはどんな好意なのだろう。それは、本当に俺に向けられているものなんだろうか。


 下手すると思考の海に身投げしそうな疑問を、ぼとんっと、ようやく取れたスイカのぬいぐるみが遮る。軽快なファンファーレが俺とシノの間でむなしく流れる。

 なにも言わず、しゃがんだシノが景品口からぬいぐるみを取る。そのまま振り返って、ぐいっと押し付けてきた。え、なに。

「お詫び」

「……どれに対する?」

 ぬいぐるみ越しにぽすっと叩かれる。いやだって、シノが俺に詫びなきゃいけないことは、会うたびに増えている。説明もなくお詫びと言われたところでわからない。自分のやらかしを数えてから口にしてほしい。


「ごめん」

 と、スイカのぬいぐるみに頭を押し付ける。どんな顔で謝っているのか。抱えるぐらい大きなスイカが邪魔して見えない。

 わかるのは、謝る彼女の声が酷く硬質なこと。

 それと、

「重い」

 寄りかかってくる物理的な重さ。

 ぼすっと、スイカの下からお腹を殴られた。

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