第3話 餌付けしてないのに懐かれた
お弁当箱は
肩に鞄をかけ直すと、鞄の中からカランッて軽い音が鮮明に聞こえて眉間にシワが寄る。
返せば終わり。
そんな考えも、道のりも、既視感満載だけど気にしてはいけない。
教室から校舎裏へ。
昨日と同じ道を辿る。寂れた校舎の影に隠れた場所をそっと覗くと、やっぱりベンチに一人、同級生の女の子が座っている。当たり前のように素顔を晒していてぐむっとなる。なって、ぶんぶんっと頭を振る。
これじゃあ昨日と同じだ。
感情も、道程も変わらない。まるでストーリー攻略順が固定されたゲームを繰り返しプレイしているような感覚。これでは、結果も変わらない。雰囲気に呑まれて、一緒にお昼を食べて終わる。
それはダメだ。
いや、正直彼女と一緒にお昼を食べることのなにがダメなのか、俺自身説明できないのだけどとにかくダメ。ノー。ちょっと意地になっている気がするけど、どうあれまずはお弁当箱を返すことが優先だ。
ん、んっ。
咳払いをして、いざ。
校舎の影からさっと出ると、すぐにこちらに気付いたらしい。最初の頃とは大違いな反応速度だ。
それだけでなく、遠慮気味に胸元で手を振ってくるのを見て、やっぱりぐむっとなる。下唇を噛んで、湧き上がる衝動を抑え込む。かわいいかよ、と素直に思ってしまった。
「こん、……にちは」
「あぁ、うん。こんにちは」
てれてれ。控えめな挨拶をされて頬をかく。緊張する。
女子相手だからって緊張する
「ど、どうぞ」
促されて、うむ、とつい座りそうになってしまう。はっとなる。ダメだダメだ。そうじゃない。危うく昨日と同じ過ちを犯すところだった。なんて狡猾。大人しい顔をしてとんでもない策士だ。
「あの……?」
と、眼鏡のない瞳が俺を見上げる。隠すもののない琥珀の瞳が輝いていて、人の心を惹きつける。よくこれがバレないものだ。教室で素顔を晒せば一躍時の人だろうに。物静かな性格だから、騒がれるのが嫌なのかもしれないけど。
魅了してくる瞳を一度瞼で遮る。
そして、鞄から彼女のお弁当箱を取り出す。すると、「それ……」と気付いたらしく、彼女の視線がお弁当箱に釘付けとなる。
「一昨日、忘れていったから。
洗ったけど、返すのが遅くなってごめん」
「……! い、いえっ……わたしが!
ごめんなさいごめんなさいっ!」
やっぱり謝られてしまう。相変わらず腰が低すぎる。そんなへりくだる必要ないだろうに。こっちが悪いことをしてる気分になる。
頭を下げてばかりでなかなか受け取ろうとしない彼女の膝にお弁当箱を載せる。びくんっと肩が跳ねたけど、今度はお弁当箱を落とすことはなかった。
「とにかく、返したから」
これで終わり。
公共の場とはいえ、もともとここには彼女が先にいた。これ以上は迷惑になる。だから帰ろうと踵を返そうとして、ぱしっと手を掴まれる。
握られた手を見て、彼女を見て。
「なにか?」
「わっ、ぁ……の!」
わたわた。
慌てふためくっていう言葉がピッタリな取り乱し方に、胸の内でわだかまっていた緊張が抜けていく。どっちかと言うと、風船のように気が抜ける、といった感じだけど。
人が慌てるのを見ると、落ち着くことってあるよね。
パッと手が離れる。鼻先まで赤くして、どうしようどうしようと手を彷徨わせている。
やっぱり俺は待ってた方がいいのかな?
炎天下の中、背中に流れる汗を感じながら待っていると、ベンチの端っこに置いてあったお弁当箱を開けて差し出してきた。
「は、はい……!」
「いや、はいって」
言われても困る。
俺が渡したものではなく、彼女が持ってきていたもの。だから、中身は入っている。
アスパラ巻き。愛嬌のある顔が付いたタコさんウインナー。野菜もあって彩り満載。茶一色の男弁当とはかけ離れた、女の子らしいお弁当だった。
ただし、小さい。
たぶん、食べてってことなんだろうけど、俺の腹八分目には足りず、二人で分け合おうもののなら午後の授業はセミ以上に腹の虫が鳴くことだろう。
「お礼、かな? でもいいよ。気にしないで」
「……で、でも……うん」
なんかしょんぼりしてしまった。ないはずの犬耳と尻尾が垂れるようだった。
目尻まで下がって、今にも泣きそうな雰囲気を醸し出す。大人しく、気弱そうな見た目とも相まって、見ているだけで良心をガリガリと削られていく。
喉が引きつる。これを狙ってやっているならとんだ悪女だけど、まぁ素だろう。
「じゃ、じゃあ一つだけ」
「……!」
俯いた顔が持ち上がって、嬉しそうに綻ばせる。尻尾ぶんぶん。意外と感情豊かだ。
教室で接する機会がなかったから知らなかった。誰かと話している姿も見たこともない。教室の片隅で、自分の席から動かないで大人しくしているイメージがある。
だからちょっと驚きで、そんな顔をするんだと思う。
「ど、どど……どうぞ!」
「うん、一つだけね」
お弁当をすべて差し出しそうな彼女に苦笑いを浮かべつつ、アスパラ巻きを貰う。選んだ理由は肉だから。それに、お弁当のおかずって感じがする。
家の食卓ではまず見ない。昔、食べたことはあるけどいつだったか。小学校まで遡りそうな記憶。そもそも、母親にお弁当を作ってもらっていたのがそれぐらいまでだった気がする。中学は給食だったしなー。
懐かしさを覚えながら、ベーコンに包まれたアスパラを口に放り込む。あむあむと口を動かしていると、なんだか緊張した面持ちで見上げてきていて飲み込みづらい。もしかしなくても、感想を求められてる?
自分で作ってたりするのかも。それなら凄いなと思いつつ、喉を動かす。ごくん、と。
「おいしいよ」
「っ……あり、ありがっ……~~っ⁉️」
彼女の顔が嬉しそうに火照る。けど、すぐに口を押さえてぷるぷる震えだした。
舌、噛んだんだね。
見るからに緊張していたし、舌が回らなかったんだろうけど、お礼一つでこの調子。ちょっと残念感のある子だ。
見ていて飽きないというよりは、目を離せないタイプ。やはり小動物か。
大丈夫かな?
見守っていると、微かに口を開けたままの彼女が震える手でお弁当を差し出してくる。
「よ、へれは」
「そんなに食べられないよ」
実際には余裕綽々だけど、涙目の女の子からお弁当を貰うってカツアゲみたいにも見える。俺は彼女のお弁当を奪いに来たわけじゃない。目的は達しているし、これ以上は蛇足。たっ、と両足で地面を叩いて立ち上がる。
痛みに耐えながら、彼女が縋るように見上げてくる。
「帰る、の……?」
寂しそうな琥珀の瞳に、ため息のような吐息が口からこぼれた。しょうがないかーって諦め。
「購買でなにか買ってくるだけ。
すぐ戻るよ」
言うと、うんうんと頷かれる。
ほんと、小動物だなと思う。
■■
なんか好かれてない?
校舎に入って、購買に向かいながらそんなことを思う。
その好意がどういう意味かはさておくとして、懐かれたのはたぶん間違いなかった。
「なんでだろ」
心当たりは……ない。
いやまぁ、無遠慮に綺麗だなって褒めたけど、あれは向こうから素顔を見せてきたし、言わされた感があるから除外。
そもそも、かわいいや綺麗なんて褒め言葉一つで女子に好かれるなら、この世にモテない男子は存在しなくなる。
ただ、そうなると理由は本当にわからない。
餌付けはしてないし、むしろされたのは俺の方。
「わからん」
と、考えている間に購買に着いていた。校舎一階の一角。割烹着姿のおばちゃんが暇そうに欠伸をしていた。
昼休み直後は食欲旺盛な学生たちが群がっているけど、すでに折り返し。こんな時間に買いに来る生徒は少ないし、そもそも昼休み開始から十分もすれば食品類はほとんど残らない。
「だよねー」
屈んでショーケースを覗くけどすっかすか。おにぎりはない。残念だ。
残っているのはコッペパンに、ハムとパクチーのサンド? かつてのブームの残滓なのかは知らないけど、コッペパンと並んで残された姿はどこか哀愁が漂っている。
どうしよ。
選ぶ余地はない。ないけど、これを食べるのかーと悩んでしまう。ジャムも入ってないコッペパンは味気ないし、パクチーにおいしいイメージないんだよなぁ。腹を満たすためだけの食事というのも悲しい。
でもなぁ、あの子を待たせてるし、今からコンビニダッシュするのもなーと、むむむと眉を寄せていたら、
「ハムとパクチーのサンドを一つ」
容赦のないインターセプト。誰も来ないだろうと思っていたから油断していた。買うかどうか悩んでいたとはいえ、ちょっと悔しい。
一体どこのどいつだこのやろーと顔を上げて、「へ?」と変な声が漏れた。校舎裏で待っているはずの彼女だったから。
「付いてきた……の?」
そう思ったけど、なんか違うと違和感に気付く。長いまつ毛に、アイシャドウにチーク。元来の色ではない、暗い紅が塗られた唇は化粧っ気のない同級生の女の子とは似ても似つかない。
よくよく見ると、髪の長さも肩口で短め。スカートも膝上だ。相違点は数多い。
けど、見間違えるぐらいには似ていて、ついじろじろ注視してしまう。まさか、この短時間で化粧に服にと早着替えしたわけじゃない……よね?
こうも見ていれば向こうも気付く。切れ長の瞳を鋭くして、ジロリと睨んでくる。
「なに?」
こっわ。
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