第4話 夜明けのアイドル様は顔面つよつよのドーベルマン
「あ……や、知ってる人に似てたから」
ガンを飛ばしてくるような威圧的な態度に怖気づく。
暗い化粧のせいか、それとも吊り上がった目のせいか、やたら強面に見える。これでよく一瞬でも同級生の女の子本人と勘違いしたものだ。雰囲気としては臆病な子リスと、トゲトゲの首輪を付けたドーベルマンぐらいは違うのに。
両手を上げてごめんと謝るけれど、目の前の強面少女は訝しむように目を鋭くさせて睨んでくる。
「知ってる人?」
俺に聞かせるというよりは、口の中で反芻するように呟いていた。すっと持ち上がった彼女の手が、自身の口元に触れる。すると、今にも舌打ちでもしそうな不機嫌な顔になる。
「マスク付け忘れた」
これみよがしにため息を
「なに? 幻滅した?
アイドルの素顔がこれで。
知ってる人は知ってるから、別に騒いでも言いふらしても構わない。
けど、変な理想を押し付けてきたら…………なにその顔?」
「へ?」
どんな顔だろう。
とりあえす、まくしたてられながら思っていたのは、なに言ってるんだろうこの子は、だ。
話が全然見えてこない。
厄介な子に絡まれたというのが一番だった。コンビニの前でたむろってる不良を見てたら絡まれた、みたいな心境だ。
ただ、不良相手なら出てこない単語が気にもなる。
「アイドル……?」
もしかして、芸能クラスの子?
「……違うの?」
確認するように尋ねられて、小さく頷く。
なにが違うのかは知らないけど、彼女と意思疎通できていないのは間違いなかった。最初から人違いだし。さもありなんと言ったところか。
なんて思ってたら、ぐいっと顔を近付けてきて息を呑む。冷たい、静かな銀色。月のような瞳に、目を見開いた俺が映り込んでいる。
「この顔を知らないの?」
最近、似たようなやり取りをしたな。
「今をときめく夜明けのアイドル、
鼻先が触れそうな距離で凄まれて、心臓に悪いなぁとドキマギしているとそんなことを言われて、は? となる。夜明けのアイドル?
「誰が?」
「私が」
そんなバカな。このつよつよな見た目の子が、我が校で唯一、本物のアイドル様?
たっ、と距離を取って顔を見る。……違くない?
名前はまぁいい。よく覚えてないから。でも、夜明けのアイドルというあだ名? 愛称? は知っているけど、目の前で不機嫌丸出しの少女とは思えなかった。
夜明けのアイドル本人を見たことがあるわけじゃないけど、級友たちの話に上がる彼女のイメージはもっとかわいい系だ。校庭から聞こえてくるきゃるるん♪ っていう感じの媚びた歌声とも似つかない。声も低いし。
見た目は……とびきり美人なのは認めるけど、かわいいではなくパンク系。ロックとかやってそうな雰囲気で、この子が夜明けのアイドルとは到底思えなかった。
「なに? この学校にいて私を知らないとかモグリ?
SNSとかやらないの? 時代遅れな化石?」
「……自分でどんどん遠ざけないでよ」
罵倒とも取れる口の悪さのせいで、余計に目の前の強面少女が夜明けのアイドルと同一人物とは思えなくなる。
ただ、通りすがりでしかない俺にそんなすぐにバレそうな嘘を吐く理由もない。だから、彼女の言葉は事実なんだろうけど、どうにも認め難いものがある。
夜明けのアイドル様を擁護したいわけじゃないけど、ドーベルマンが『私は猫のマンチカン』と自己紹介したようなものだ。嘘だよと否定したくなるのも仕方ないと思う。後、認知にSNSは関係ない。
困惑しきりの俺を見て、ようやく納得したのか自称夜明けのアイドルは嘆くように「あー……」とうめいた。
「余計なこと言ったみたい。
今のは忘れて」
お願いというよりは命令のような語気の強さ。ややムッとなるけど、話す理由もない。忘れてというのなら忘れるけど、色々と圧が強い。
そのまま天津は購買で会計を済ませると、パンを持って去っていく。
衝撃的な子。嵐みたいだったな。
今度からジロジロ見ないように注意しようと改めて思いながら、残されたコッペパンを買おうとして――へ? ぐいっと横合いから手が伸びてきて、強引に襟元を引っ張られる。
「……」
「……天津?」
天津の銀色が俺の視界を満たす。胸ぐらを掴まれて、喧嘩を売られている状況そのものだけど、状況に付いていけず、怒るよりも先に困惑してしまう。
「あんた、さっき知り合いに似てるって言った?」
「え? あ、あぁうん。クラスメートに似てたから」
動揺しながらも頷く。
わざわざそんなことを訊くために戻ってきたの?
さっきよりも強く感じる眼光。嘘は許さないと言外に告げてくる刃物のような瞳に怯んで「嘘じゃないから」と、言い訳のような弁明を口にしてしまう。
じっと睨んでくる。
けど、嘘じゃないと判断したのか、「そう……」と呟くとぱっと襟元を放してくれた。ふらっと転けそうになるのを堪えている間に、用件は済んだとでもいうように天津は歩いていってしまう。
乱れた襟元を直す余裕もなく、ただ去っていく天津の背中を見つめる。
「なんなんだ」
わかるのは、不良みたいに強面で高圧的な自称アイドルに絡まれたっていうことだけだった。
■■
「あ……お、おかえりなさい」
コッペパンだけ買って戻ると、同級生の女の子がベンチに座ったまま、儚げな笑顔で迎えてくれる。
その顔を見て、頭の中でさっきの少女と比べる。
……うーむ。
「天津さん?」
「あ、う、……うん。なに?」
呼ぶと、微かに頬を染める。照れたように笑い、ちゃんと自分のこととして反応する彼女を見て、そういうことなのかな、って確証はないまでも納得する。
姉妹ぐらいには似てるかな、って。
■■
不良に絡まれるなんて経験を初めてした放課後。
今にも泣き出しそうな雲行きに、さっさと帰ろうと小走りで校門を抜けようとする。……したけど、ガシッと伸びてきた手に掴まれて阻まれてしまう。
「わ」
と、声を上げて驚く。誰だと思って手を辿ると、むっつりと不機嫌そうな顔をしているのが黒いマスク越しにもわかる天津がいた。
また君かという呆れと、こんなことをするのは君ぐらいだよねという納得が綯い交ぜになる。
「あーっと……なに?
帰りたいんだけど」
「付いてきて」
こっちの希望なんてお構いなし。
そのまま細腕とは思えない力で引っ張られて、わわっとつんのめって転けそうになった。
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