第2話 男のベッドの下を無防備にも短いスカートで漁るアイドル

 どうしてベッドの下に頭を突っ込んでいるのか。

 なんとなく予想はつくけど、実際に行動に移した理由がわからない。というか、初めて男の家に上がると言っておきながら、よくそんな大胆な行動に出れたものだ。

 人気アイドルになれた一旦の理由がその行動力だというのなら、発揮の仕方が間違っていると言わざるをえない。


 しかも、今日の天津は私服。黒地にチェックのラインが入ったスカートは非常に短く、お盆を持ったまま見下ろすだけで黒いレースのセクシーパンツが見えてしまっている。

 俺も年頃の高校生男子だ。女の子のパンツが見えたら恥ずかしさと罪悪感はあれど、嬉しい気持ちにもなる。……なるはずなのだけど、どうしてかそうした高揚感は湧いてこない。

 代わりに口からもれ出たのはため息だった。


「……短いスカート履くなら、気をつけようよ」

「っ、~~……っ⁉️」

 指摘すると、ガンッと大きな音がして、ついでうめき声が聞こえてきた。ベッドの底に頭をぶつけたようだ。

 ドジか、と思っていると、頭を押さえた天津がベッドの下からするすると出てきた。羞恥か痛みか、鼻の上を赤くし、涙目になりながらも、丸いローテーブルの前に動いていく。

 俺が最初に用意しておいたクッションの上に座って、何事もなかったかのようにすまし顔を作る。


「お、おかえり? 早かったわね」

「それでやり過ごすっていうなら、乗っかってもいいけど」

 哀れみの目で見ながら、テーブルの上にお盆を載せる。

 天津もそれで誤魔化せるとは思ってなかったのか、気まずそうに視線を床に落としている。


「……アイドル様のパンツが見れる機会なんて早々ないから、もっと喜んだら?」

 ふふん、と見るからに恥ずかしがりながらも開き直ることにしたのか、余裕だと笑ってみせる。まぁ、確かに、言われてみれば貴重なものを見た気がしないでもないようなそんなこともないような。


 でもなぁ。

「なにに影響を受けたのか知らないけど、

 初めて上がった男の部屋でベッドの下を漁るような慎みのないアイドルのパンツを見て嬉しいかと言われると……微妙」

「せめて喜んで……!」

 バンバンッと涙目で天津がテーブルを叩く。そう言われましても。


「で、探しものは見つかった?」

「……ヨゾラが男じゃない疑惑が見つかったわ」

 男だ。

 家の都合で男のフリをしていたとか、そんな設定はない。

 あと、急に名前で女の子に名前で呼ばれるとびくっとするから、事前申告してほしかった。名乗った覚えもないけど、まぁそこは家を知ってる時点でいまさらか。


「男のベッドの下にはえっちな本があるものよ」

「ないよ」

「嘘。男のベッドの下にはえっちな本があるって、古事記にも書いてあったわ」

 どこの古事記だ。歴史浅そうだし、低俗すぎる。


 男の部屋に上がって緊張してるのかもしれないけど、女子としての慎み以前に最低限の礼節は守ってほしいものだ。

 本当にその手の本があったらとか、そのせいで変な空気になったらとか考えていないのだろうか。ないんだろうなーと、浮かんだ疑問にあっさりと答えを出す。

 このままだと部屋中探しかねないので、とりあえず軌道修正しておく。

「君は人の部屋にえっちな本を探しに来たの?」

「あ」

 忘れていたらしい。最初はドーベルマンだと思ってたけど、その実態は猪なのかもしれない。もしくは闘牛。どこまでもまっしぐらだ。


 これがあの正統派っぽい夜明けのアイドルなのか。

 昨日、舞台上で歌って踊っていた彼女との差に疑いの眼差しを向けてしまう。よくよく見ても顔も違う。化粧やマスクのせいなんだろうけど、別人にしか見えなかった。

 女は化粧で化けるという。目の前の少女を見てほとんど変身だなと、その言葉の意味を実感する。


 そんなことを考えながら、とりあえず落ち着けと麦茶を天津の前に置く。これまでの勢いが嘘のようにしずしず受け取ると、マスクをずらして口をつける。

 あらわになった暗く濃い紅の塗られた唇。どうあれ、顔はいいんだよなぁ。


「ユウとはただのクラスメートじゃなかったの?」

 暑さと緊張でやられた頭が少しは冷えたのか、コトッと音を立ててコップを置くと、ようやく本題に入ってくれた。

 睨むような強い視線。

 けど、その意図は掴みきれない。


「ただのクラスメートだけど」

 そう言ったし、事実である。

 なのに天津は「嘘」と咎めるように目を細めてくる。相変わらず刃物みたいだなと、アイシャドウで威圧感のある目に気圧されそうになりながら、ハッキリと告げる。

 嘘だなんて心外だ、と。

 俺としては素直に答えたつもりだけど、天津は納得してくれない。むすっと不機嫌そうに唇を結んで、不満がありありと顔に出ている。


「そんなわけない。

 だって、昨日のライブが終わった後、ユウに会ったらなんか凄い顔してた」

「凄い顔?」

「いわゆる乙女の顔よ」

 むせる。

 麦茶につける前でよかった。危うくアイドルの顔面に吹き出すという、不届きな行為に手を染めるところだった。

 乙女の顔? 天津さんが?

 ……いや、ないだろ。ないないと首を左右に振る。けど、天津は拗ねたように話し続ける。


「ぼーっとしてて、顔も赤かったし。

 ……久々に会ったのに全然相手してくれなかったし」

 と、最後は文句のように愚痴られる。


 これでもただのクラスメートと言い張るのかと、目尻を吊り上げて問いただしてくる。けど、俺はといえば、天津を気にかけてる余裕はなくなって、冷や汗が額から流れてくる。

 失った水分を補給しようと麦茶を飲むけど、どれだけ飲んでも喉は潤わない。砂漠に水を与えるようにからっからだ。


 天津さんの状態を聞いてやっぱりと思う。

「すっごく怒ってるよね……天津さん」

 やはり言いすぎたらしい。顔が真っ赤になるほどなんて相当だろう。それも、あの物静かでおっとりとした天津さんが、だ。溜め込んだ怒りがどれほどのものか想像もできない。

 その天津さんの姉は「怒る……?」と小首を傾げているけど、まず間違いなかった。そもそも、乙女の顔をさせることなんて言ってもないし、やってもない。

 そして、怒らせることを言った覚えはあるのだから、天津さんは怒っているのだ。


 うーっと頭を抱える。

「天津さんの機嫌を取る方法ってない?」

「え、機嫌? ……頭を撫でる、とか?」

「……はぁ」

「その役立たずみたいな顔やめて」

 乙女の顔と怒り顔を見間違える自称アイドルに期待した俺がバカだった。

 はぁ、どうしよう――と、解決策を見いだせないまま現在へと至る。

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