第5話 夏休みなのに、制服姿で玄関前にいる同級生の女の子
「ヨゾラ、起きて」
朝、母親に起こされるのなんていつぶりだろうか。寝坊はせず、かといって早起きでもない。至って普通の起床が習慣化した体は、目覚ましがなくっても学校の登校に間に合う時間に活動を開始する。
でも、今はまだ夏休みで、しかも土曜日だ。
母親に起こされる理由なんてない。むしろ、目が覚めたところでもう一度寝るのが気持ちいいまである。だから、寝起きのガラガラ声で「まだ寝かせて……」と布団で頭を隠す。
モグラのように潜って、暗くなった視界でぐぅっと安堵の寝息を口から漏らす。でも、すぐに視界が焼けるように明るくなる。
「やめ、あぁっ……」
布団を剥がれ、カーテンを開けられ、。
陽を浴びた吸血鬼のような断末魔を上げて、ベッドに顔を埋める。このままでは太陽に焼かれて灰になる。夏休みなのに健康になってしまうーと絶望を思う。
「ひどいぃ」
「そういうのいいから、起きて?」
我が母親ながらなんて酷いのだろうか。
別に悪ふざけのつもりはないのだけど、たしなめられたので体を起こしてベッドの上であぐらをかく。くぁっとあくびを一つ。
「……すまほ」
「はい」
すかさず手渡されたスマホで時間を確認する。……って、まだ六時過ぎたばかりじゃないか。早すぎる。まだ寝ている時間だ。なんで起こしたと不満を込めて母親を見ると、困ったように窓に目配せをする。
「なに? 窓にセミでもくっついてるの?」
「セミにしてはとっても可愛いわよ?」
可愛い……セミ?
そんなもの地球上に存在しないだろうと訝しむ。ただ、起こした理由が外にあるのは確からしい。
眠気の抜けきらない頭で、立ち上がるのも億劫。これで対した用事じゃなかったら、文句言ってからまた寝ようと決める。
のそのそ窓を覗いて、
「ヨゾラの知り合いかなって」
重たかった瞼がこれでもかってかっ
ユウさんがいたから。しかもなぜか学校の制服を着ている。
窓から見下ろした先、門の前をなにやら右に左にうろちょろしていた。
門から少し離れて、また戻ってきて。
我が家に用があるのは明らかで、ユウさんの用事なら俺だろうとなる。
朝早く起こされた不満は朝露に消える。代わりに、なんで? という疑問を寝起きの頭を満たすことになった。
なにか約束してたっけとスマホを見るけど、通知なんてない。ユウさんとの過去のやり取りを見ても、それらしいものはなかった。
格好も、行動も。
なんだろうばかり。寝ぼけた頭にはなかなかキツイ思考だ。
どうあれ、考えてもしょうがないか。約束をしていない以上、どれだけ考えたところでユウさんが訪れた理由なんてわからない。だったら、さっさと下りて本人に訊いた方が早い。
「ちょっと行ってくる」
「頑張ってね! 結果報告待ってるから!」
なんのだよ。
なにか勘違いしている母親を部屋に残して、階段を駆け降りる。そのまま玄関に向かおうとしたけど、顔ぐらいは洗っておくかと洗面所を経由。夏の気温で温くなった水道水を顔面に浴びる。
そうすると、意識が切り替わったような感覚がある。薄いフィルターがかかっていた視界から、なにかが取り払われたような、そんな感覚。
目が覚めた、ということなんだろう。
顔をタオルで拭って鏡を見る。寝癖に寝巻き。家族ならともかく、人様に見せられる格好ではなかった。かといって、待たせていいかとはならない。
格好はつかないけど、とそのまま玄関に足を向けて、そんな自分の考えにふと疑問が湧く。俺は格好をつけたい……のか?
ユウさんに。
どうなんだろうと手探りで心を探っても、その気持ちがどこから出たものなのかはわからない。
ただ、意識はしているな、とは思う。
でなければ、顔も洗わず玄関に一直線だっただろう。一度洗面所を経由した理由は、相手が異性だからなのかなんなのか。
「ふむ」
答えのない数式にぶち当たった数学者のような気分だ。実際、難しさで言えば大差ないだろう。パッと答えが出るものじゃないと、自分の心と向き合うのは棚上げにして、立ち止まっていた足を動かす。
そのままサンダルを履いて、玄関を出る。
門柱の陰から僅かに見える肩が、ドアの開ける音に反応して跳ねている。
気付いたか。まぁ、気付くかと思いつつ、かつ、かつと歩いて組んだ両腕を門に乗っける。
関節が錆びたようなぎこちない動きで、ユウさんがこっちを見てきた。
「あ、や」
顔を合わせると、声にならず、空気だけ漏れたような音が彼女の口から発せられた。
時折耳にする、ユウさん特有の発声。
やっぱり小動物だよなと陽に照らされる黒髪の上の獣耳を見ながら、とりあえず尋ねてみる。
「で、なにか用?」
「――~~ッ!?」
悲鳴のような一層高い声がセミの鳴き声に混ざって、閑静な住宅街に響く。
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