第2話 パンク系美少女と待ち合わせしたら清楚系アイドルが来た
歩き慣れた商店街は放課後の生徒たちによって賑わっている。個人経営の喫茶店の軒下で揺れる赤い氷の
額から流れる汗を拭いながら、かき氷を食べたい欲求から目を逸らす。
賑わう表通りを曲がり路地裏。
強い日差しから隠れるように暗い影が落ちる道は、表とは対照的な静けさがあった。
商店街の裏っ側。少し歩いた先にある階段を降りる。
経年で劣化している赤レンガの壁を伝いながら降りきった先には、黒い扉があった。『CLOSED』と書かれた小さな看板が、お店であることと開店前であることを教えてくれる。
こんな風になってたのか。
前は無理やり連れて来られたから、入口を見る余裕なんてなかった。雰囲気はある。けどやっぱり、表からだとバーなのはわからないなと思う。
客を拒んでいる扉を躊躇いつつも開ける。
中は以前と変わらない。
壁一面に酒瓶が並び、カウンターが店内を仕切るように奥まで長く伸びている。おっかなびっくり扉を閉めると、来店を知らせるベルに呼び寄せられたのか、カウンターの奥からバーテンダー服をキッチリ着こなした大人な雰囲気のマスターさんが出てきた。
相変わらず綺麗な人。
天津姉妹も十分に可憐だけれど、店内のムードとの相乗効果もあってか大人な色気にあふれている。美人は三日で飽きるというけれど、毎日であろうとも見惚れてしまいそうだった。
「いらっしゃいませ」
歓迎してくれるような、密やかな微笑みに頬が熱を持つ。
「い、いらっしゃいました」
「お話は伺っています。どうぞ奥の席でお待ちください」
裏返りそうになる声を必死に調整しながら、マスターさんの案内通り店の奥に向かう。衝立で仕切られた二人がけのテーブル席。秘密のバーの秘密の席のようで、改めて見ると少しだけ少年心がくすぐられる。秘密基地めいたものがあった。
初めて友達の家を訪れたようなそわそわした感覚に襲われながらも、肩にかけていた二つの鞄を下ろして一息つく。どちらの鞄もそう重くないとはいえ、やはり二つも抱えれば疲れもする。
固まった肩を回して、あ、と思う。
席を立って囲いから出る。そのままカウンターにいるマスターさんを見て、やっぱりと後ろポケットの財布を確かめる。
「マスターさん」
「どうかしましたか?」
こちらを向く笑顔にうっと気圧されながらも、どうにか用意していた声を出す。
「カクテル、なんでもいいので一ついただけますか?」
頼むと、ちょっと驚いたようにマスターさんが目を丸くする。そんな彼女の手元には、今からなにかを作り始めるようにグラスや瓶が並んでいた。
前はシノちゃんお友達記念という取って付けた理由でサービスしてもらってしまった。
ただ、本来店は開いてない時間。そこに押しかけて、飲み物まで無償で提供してもらうというのはどうにも気がひける。今日とて、場所の指定は天津だけど、だからといって俺は悪くないと開き直りたくはなかった。
気遣いはありがたい。けど、心苦しくもある。
今日も今日とてサービスしようとしていたであろうマスターさんに、注文という形で先んじる。開店前に仕事をさせる申し訳なさは残るけど、お金を払うのなら心の重さも少しは軽くなる。
息を止めるような僅かな時間。マスターさんは口を閉じていたけれど、すぐに頬を緩める。
「かしこまりました。
メニューはお任せ、支払いはお帰りの時でよろしいでしょうか?」
「……よろしくお願いします」
バーテンダーの顔からくすっとこぼれた素の笑いに、羞恥が体を焦がす。俯くように頷いて、身を隠すように囲いの中に戻る。
俺の考えなんて、全部見透かされてる感じ。
大人になろうと背伸びをしたら、頭を撫でられた気分だ。あまりの恥ずかしさにテーブルに突っ伏するけど、これは必要なことだからと自分を慰める。
先ほどとは違い、隙のない笑顔でマスターさんが届けてくれたライムが添えられた透明なカクテルを飲みながら、天津が来るのを待つ。……が、
「遅い」
すぐ来いと連絡してきた本人がいつまで経っても現れない。グラスの中身はすっかりなくなって、氷の溶けた水まで飲み干してしまった。マスターさんにお代わりを聞かれたけど、丁重にお断りする。
「大丈夫か……?」
この店がいつ開店するのかは知らないけど、あまりにも遅いと迷惑になってしまう。待ち合わせ場所を変えるべきかと考えていると、来店を告げるドアベルが
見なくても誰が来たのかわかる。
たったと慌ただしい足音にやっとかと吐息をつきながら、衝立の中に乗り込んできた人物に文句を言おうとして固まる。
「ごめん、遅れた」
そう謝罪した天津の姿はいつもの黒ではなかった。
薄い水色のシースルーのブラウス。透けて見える首周りや肩は涼しげで、清楚な印象を抱かせる。飾り気の少ない白いロングスカートというのも意外なチョイスだ。
目元を彩っていた黒いアイシャドウはなく、元来の肌の白さが際立っている。
誰?
パンク系美少女と待ち合わせしていたら、現れたのが映画の主演を張れそうな清楚系美少女だった時、人は困惑を極めるらしい。唯一の名残である黒いマスクだけが、全体から浮いている。
声も出せず、思わずじっと見つめてしまっていると、天津であろう清楚系美少女は顔を隠すように黒いマスクを軽く持ち上げる。
「撮影があったから」
照れたように、拗ねるようにそっぽを向く。
なるほど。撮影。
格好も、遅れてきた理由も察したけれど、ついつい物珍しくって見入ってしまう。恥ずかしそうに肩を縮め、落ち着かなそうに露出した腕をさするのがまた初々しく物珍しい。
「本当に夜明けのアイドルだったんだ」
「……なんだと思ってたのよ」
ぶすっ、と唇を尖らせる天津らしき清楚美少女。
なにって。
「シス――なんでもない」
言い切る前に睨まれたので口をつぐむ。やっぱり天津だった。
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