第7話 商店街を同級生の女の子と歩いていたら見つかる
「一声もかけずに帰るなんて酷いぞ」
すっかり油断してた。
放課後の商店街なのだから、もう少し気を配るべきだったのに。
むすっとした級友が近付いてきた途端、すすっと俺の背中に隠れた天津さんを気にしつつ、さっさとやり過ごそうと決める。
「お前にさよならを言う義理はない」
「より酷い」
よよよ、と目の下に手を当てて鳴き真似をする。うっとうしいなぁ。
「たまには放課後付き合ってくれてもいいじゃん」
「やだ」
「なんで」
自覚ないのかこいつ。
胡乱な目を向けるが、残った肉まんを口の中に放り込みながらもぐもぐしてるだけ。
「……前に付き合ったら、俺のことなんて忘れて何時間もアイドルショップに居座って放置したろ」
「あ、あれー?
そんなことあったっけ?」
あははーと、頭の後ろをかきながら乾いた笑い。目まで泳いでいて、誤魔化してるのが丸わかりだ。
あの時は酷かった。
まだ四月。二年に上がり、クラス替えがあった。
話せるような同級生はほとんどおらず、前の席だったこいつが『よろしく~』と軽く話しかけてきたのが運の尽き。放課後、遊びに誘われて商店街にあるアイドルショップに行ったら一人の世界に入り込んでしまったのだ。
最初こそ気を遣っていたけど、待たされてた分だけ級友への扱いが粗雑になっていったのは言うまでもない。それを出会った初日にやらかすこいつはある意味凄いのだろう。もちろん、褒め言葉じゃない。
必死に誤魔化そうとしていた級友だけど、俺の厳しい視線を受けてさすがに悪いと思ったのか、ガクッと申し訳なさそうに肩を落とす。
「あの時はほんとうにごめんなさい……」
「大丈夫。信頼してるから」
「ヨゾラぁ」
「二度、三度と同じことしたから。
四度目はない。絶対またやる」
「ヨゾラぁ……」
泣きべそをかくけど知ったこっちゃなかった。こいつに反省の二文字はない。同じクラスになって半年も経っていないけど、級友の性根は十分に理解できた。悪いやつじゃないけど、バカ。これに尽きる。
「あれはほら、バイトの給料日直後だったから……ね?」
「ね、じゃない。
もう少し有意義に使えよ」
アイドルグッズを買うのが悪いとは言わないけど、給料を根こそぎ突っ込むのはどうかと思う。
カゴいっぱいに詰めたグッズをレジに持っていって、提示された値段に俺が払うわけじゃないのに肝が冷えたのを思い出す。学生にとって五桁は大金だろう。
「推しは推せる時に推すものだから。
お金に糸目はつけな……い?」
話しているうちに、視線が俺からどんどん外れていく。向かう先は俺を飛び越えて後ろ。
気付いたか。気付いてしまったのか……。
あーあ、とぼやきたい気分になる。
級友は亀のように首を伸ばして、俺の背中にくっついている小動物を覗き込む。
ほむほむと現状を咀嚼するように口を動かして、
「もしかして……デート?」
制服の腰辺り。ぎゅぅぅうっと力いっぱい握りしめられる感触に肩が引っ張られるようだった。背中に額を押し付けられると、なんだか人見知りの子どもにひっつかれてる気分になる。そのままかもしれないけど。
「はぁー……」
面倒だと伝えるために、わかりやすくため息を吐いておく。
これで堪えるような奴ではないが、少しは気を遣うだろう。たぶん。
「違う。
一緒にいるからって、すぐにそういう恋愛沙汰に繋げるな」
高校生で思春期だから、そうした恋バナに興味があるのは仕方ないとはいえ、勘違いで詰め寄られるなんてたまったものじゃない。
「えーでもぉ」
「でもじゃないから」
疑わしげな目を向けてくる級友を一蹴する。ぶー、と唇を尖らせるが、拗ねたって返答は変わらない。
「せめて顔ぐらい見たいなー」
と、級友が天津さんをそろりと窺うけれど、俺には見えないながらもすっかり怯えているのは背中越しの感触から十分に伝わってくる。顔を俺の背中にうずめて動こうとはしない。
そんな反応を見せられれば、基本、軽いノリの級友も申し訳ない気持ちになるらしい。
「なんかごめん……」
反省してる。
無理強いしないのはいいことだ。
じゃーまたねー、とあっさりと去っていく。
別れを惜しみもせず、振り向きもしない潔さは素直に感心する。ただ、気持ちの赴くままで、気遣いの気の字も知らないのはどうかと思うけど。
「嵐は去った……」
なんだかドッと疲れた。知らず緊張していたのか、止まっていた汗がどばっと吹き出す。首筋を拭う。
あの様子なら天津さんだと気付いていないだろう。
知られたら面倒だけど、俺はそこまで気にしない。疚しいことはなにもないのだから。
ただ、天津さんの周りを騒がすのは本意じゃなかった。だから、バレなくてよかったと思うけれど、同級生相手にこの人見知りっぷりはどうなのかと。
親しい間柄ではないけど、天津さんの将来が心配になる。
それと、問題が一つ。
「あの……そろそろ離れてくれる?」
返事はなかった。
天津さんが背中から離れてくれない。まさか、級友が去ったことに気付いてないわけじゃあるまい。ではなぜか。わからない。
級友がいた時は気にしてる余裕もなかったけど、くっつかれてるこの状態がいまさらになって気にかかる。端からどう見えてるのかもだけど、同級生の女の子にぎゅっとされているのはなんだか……もにょる。
落ち着かない心地に唇をむにむにさせる。
「そろそろ行きたいんだけど」
言うと、どうしてかおでこをぐりぐりと押し付けてくる。合わせて、不満そうな猫の鳴き声にも似た声も漏れ聞こえてきた。むー、むーと。
「えー、なに。どうしたの?」
「……~~っ」
わかんない。
さっきまで笑ってたのに、急に子どもが不機嫌になって困惑する母の気持ちだ。
級友以外にも誰か知り合いがいるかもと周囲を気にしながら、ひっついて離れてくれない娘をどうにかこうにか引き剥がそうと試みる。
どしたのー? お腹でも空いたかなー?
おやつで機嫌が直ってくれないものか。
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