第6話 同級生の女の子と並んで帰るのはふわふわする
一瞬、見えてしまった下着を記憶の端に追いやって、尻もちをついたままのユウに手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「……ごめんなさい」
「謝ることじゃないよ」
俺が転んだわけじゃないし。むしろ、謝りたいのはこっちだ。
気にする必要はないと伝えたつもりなんだけど、なんだかますます落ち込んでしまう。気のせいか、両肩を撫でる三つ編みも元気がないように見える。
意気消沈。悪いことをした幼子みたいな様子になんだろうと考えてしまう。
伸ばした手も取らないで、俯いたまま顔を上げてくれない天津さん。そろそろ背中が陽で焼けそうなので、手を取ってほしいんだけどなぁと思っていると、囁くように小さな声が聞こえてきた。
「迷惑……だった、よね」
一瞬、転んだことに対する謝罪かと思った。けど、次の言葉で違うと理解する。
「突然、家……に、行くなんて」
「あ、あー、そっち」
そうなると、ここに来た時から妙に落ち込んで見えた理由にも察しがつく。
悔やむぐらいなら、言わなきゃよかったのに。
そう思うけど、昼休みから放課後。時間が経つにつれてどうしてあんなことを言ってしまったのかと、どんどん後悔が大きく、重くなっていったのは想像に容易い。
後ろの席だからその姿は見ていないけれど、時間経過で頭が重くなっていくように俯く角度が増していく天津さんを思い浮かべる。最後には机にべたっとおでこを付けて……うーん、ありそう。
昼休みの勢いそのまま俺の家に行ければよかったんだけど、冷静になる時間ができてしまったせいで不安になったか。
勢いばかりなのに反省なんてしてなさそうな天津姉とはずいぶんと違う。体を丸めるように小さくなっていく天津さんを見ると余計にそう思う。膝の上でぎゅっと握った手が天津さんの不安と緊張を表しているようだ。
「なかったことにしても……」
まぁ、そう言うよね。
ネガティブ思考の行き着く先は予想通り。ため息をこぼしたくなるけど、それは後にする。代わりに膝の上で固く握られた手を取って「よっ」と、無理やり立ち上がらせる。
「え、わっ」
「あ、ごめん」
突然のことでふらつく天津さんを支える。
潤んだ琥珀の瞳を丸くして見上げてくる彼女に、へっと唇をひん曲げて言う。
「迷惑っていうのは約束もなく、家の場所も教えてもないの来る人のことだよ」
「……ごめんなさい」
また謝る。
これに関しては、名前こそ出さなかったが姉のことだと理解したゆえの謝罪なんだろうけど。
「それに、土壇場で約束を反故にするのも、十分迷惑だと思わない?」
「っ、ごめ――」
また謝ろうとする天津さんの声を遮るように「行こうか」と声をかけて、掴んだままの手を引く。
「あ……」
天津さんの口からこぼれた切なげな声を聞きながら、つい先日、天津姉にバーまで引っ張られていったのを思い出す。
あの時とは逆だな。
だからなんだというわけじゃない。ただ、自分から繋いだ手を妙に意識してしまって、少しだけ鼓動が早くなる。
■■
自宅までの帰路を同級生の女の子と並んで歩く。
これまで考えもしなかった現実に直面して、俺の胸中は不思議な感覚に満ちていた。ふわふわして、どこか落ち着かないような感覚。不安に似ていて、でも、高揚にも似ている。
この定まらない気持ちはなんだろうなと、自分に問いかけても答えは返ってこない。
長い山道を下って、商店街のゲートをいつものようにくぐる。
まだ日の高い商店街には人が多い。そこに学校から解放された学生も混ざるのだから、今が一番賑わっているかもしれない。すれ違う人と肩がぶつかりそうになると、商店街を通らない方がよかったかもとも思う。
けど、家に帰るのには、この道が一番速いんだよなぁ。
後ろを振り返る。
俺の影を踏まないようにというわけでもないだろうけど、一緒に帰るというには距離がある。姉への対抗心なのかは知らないけど、どういう理由であれ俺の家に来たいというのだから、その開いた距離の理由は嫌われてるからではないだろう。
どちらかといえば、人見知りする子どもに見える。
さもありなんと天津さんの内気な性格を思う。その場の勢いだったとはいえ、よく俺の家に行きたいなんて口にできたものだ。
その勢いも待ち合わせした時には泡のように消えていて、天津さんの内心を表すかのように足取りは重い。
もともと歩く速度が遅いのか、それとも気が重いのか。
天津姉が俺をバーに連れていった時は、よそ見をしてる暇がないほどずんずんと歩いていた。双子だけど対照的な二人。そう考えると、彼女の歩く速さはもともとこんなものなのかもしれない。
俺の家に来るのに気が重くなっていると考えるよりは、心の健康にもよさそうだ。
「……」
「……」
とはいえ、だ。
歩く速度が遅ければ、自然と一緒に歩く時間が長くなる。商店街の喧騒とは違って、俺と天津さんの間には静かな時間が流れていた。その沈黙を苦しいとまでは言わないけど、静寂が長くなるほどなにか話さないとという気分にさせられる。
天津さんは……まぁ、自分から話題を振るタイプじゃないだろう。
なら俺かと話題を振る。
「天津さんは商店街によく来るの?」
「……しょうて、……うん」
こくり、と頷く。続きはない。会話終了。
おーけーわかってた。これでめげるぐらいなら最初から話なんて振ってない。頑張れ俺と奮起しながらもう少しだけ努力してみる。
「俺は遊びに来たり、買い物したりよく来るよ。
家からそんな遠くないし、学校からの帰り道だから使いやすいよね」
「そう、なんだ」
「そうなの」
こくこくと、今度は二度頷かれる。やっぱり続きはない。
……なんだか一人で壁打ちしてる気分になる。会話のキャッチボールにならない。寂しい。
そういえば、校舎裏でも会話が弾んでなかった。あんまり人と話すのが得意じゃないんだろう。それは性格的な部分もあるだろうし、無理強いをするつもりもない。
けど、このまま黙って歩くというのはなぁ。少しだけ気を遣う。
人付き合いをする以上、気を遣うというのは当たり前にあることだ。けど、無意識ではなく意識的に気を使っている時点で、仲良くできていないのだと思う。
思って、ふと考える。仲良く。俺の中で天津さんはただの同級生だけど、仲良くなりたい相手であるのか。
ふむん? と、自分の思考の中に紛れ込んだ言葉に首を傾げていたら、「あーっ!」という大声が俺の意識を現実へと引き戻す。
「あン?」
何事だと思って顔を上げる。ただ、俺の口から咄嗟に出た声はやけに低く、無意識下で声の正体に気付いていたのかもしれない。
顔を顰めながら声のする方向を見て、最初に抱いた感想は最悪、だった。
「うっわ……」
見つけてしまったのは、こっちを指差す級友。
やっぱり商店街を通るんじゃななかったと後悔しても遅かった。
買い食いしたらしい肉まんを口に咥えながら、気遣いとは無縁な奴がこちらにずんずんと歩いてくる。
いや、来んなよ。
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