第5話 下着の色と性格には関連性があるのか否か

 ホームルームの終わりを先生が告げる。

 すると、パンッと風船が弾けるように教室の中が騒がしくなる。先生が「宿題忘れるなよ」と釘を刺しているが、誰一人として聞いてはいないだろう。

 ガガッ、ズッとどこかしこで椅子を引く音が響く。話し声が幾重にも折り重なって、聞き取れないけど会話だとわかるざわざわとした背景音が教室内を満たす。


 そうした放課後の喧騒から逃れるように、俺は鞄を持ってこそっと席を離れる。

 密やかな脱出。

 見咎められたくないというわけではないけど、これからの予定を思うと自然と息を潜めてしまう。悪事を働くわけではない。でもなんとなく。こそこそっと。


 何事もなく教室を出て一息。

 むわっと廊下に満ちる熱気と湿気に「あっつ」と声が出てしまう。暑いと言うと余計に暑くなるというけれど、冷房の効いた教室から飛び出すと世界そのものが変わるぐらいの変化があった。声も出るというもの。

 他のクラスはまだ授業中。騒がしくならないうちに行こう。


 廊下を歩く。階段を二段飛ばしで降りる。

 ここ最近になって見慣れた廊下を通りながら額を拭う。さっき教室を出たばかりなのに、もう汗がうっすらと浮かんでいた。

 校舎内でこれだ。

「……焼ける」

 当然、校舎裏はもっと暑い。


 放課後になったからといって、日差しは弱まってくれない。むしろ、昼よりも強くなっているんじゃなかろうか。日の長い夏は放課後であろうとも太陽は高く、明るい。

 もう少し手加減をと思うけど、しったこっちゃないとばかりに太陽は自己を主張し続ける。


「うわ」

 木陰のベンチに向かおうとすると、足の開いたセミが地面の上でひっくり返っていた。確か、閉じてると死んでいるから……。

「生きてる?」

 訊いても鳴いてはくれない。そりゃそうだ。


 触って確認する気にはならないので、飛ぶなよと念じながらすり足。今にもじじじっと動き出しそうなセミを注視しながら、どうにか通り抜けることに成功する。

 虫が苦手なのもあるけど、急に飛ぶとびくっとなるのが心臓に悪い。夏はその手の爆弾が多すぎると思う。


「まだいない、か」

 七月から来るようになった校舎裏のベンチにはまだ誰も座っていなかった。

 古びて、誰からも忘れ去られたように佇むベンチ。

 思えば、俺が来る時は常に天津さんが座っていたように思う。天津さんとベンチはセットで、彼女がいないというだけで寂しさのようなものが隙間風のように胸を通り抜けていく。


 寂しい場所だったのか、ここ。

 夏だからというのもあるが、校舎裏なんて好き好んで来るような場所じゃない。一つとはいえ、ベンチがあるということは、昔は生徒の憩いの場だったのかもしれない。

 あったかもしれない過去。

 けれど、今はこれでもかってぐらい木々がうっそうとしていて、雑草も生え散らかっている。唯一、落ち着けそうなベンチは雨風に晒されて足は錆びて、板は腐り落ちそうだ。


 誰も使わなくなって、手入れもしてない小さな公園を思わせる寂しさがあった。

 そうした物寂しい雰囲気はこれまでずっとあったはずのものだ。なのに、それを感じていなかったのは天津さんの存在があったから、なんだろう。初めてここを訪れた時のことを思い出して……。

「お弁当をひっくり返して逃げてたっけ」

 寂しさなんて繊細なものを感じる暇もなかっただけだと知る。


 センチメンタルに浸りきれないなぁと情緒の無さにあははーと笑いながら、とりあえずベンチに腰を下ろす。座ったところで変わらず暑いが、木々が屋根になって影を作ってくれる分、だいぶマシになる。いい位置にあるよなぁと思う。セミの声はうるさいけど。

 そうして、自然のオーケストラに耳を傾けようとしたところで、待ち人が来たる。天津さんだ。


 同じクラス。

 ホームルームの終わるタイミングは一緒なのだから、待つ時間なんてほぼないのは当然。タッチの差でしかない。

 それならこんな場所で待ち合わせしないで揃って教室を出れば手っ取り早いのだけど、やはり周囲の目というのは気になる。詮索されると面倒だし。


 だから、これでいい……はずなんだけど、どうしてか。天津さんがやたら肩を落としているのが気にかかる。昼休みは押し倒す勢いというか、実際、倒してくる元気があったのに、今は歩く姿すらなんだかとぼとぼしていた。

 顔まで俯かせて、陰鬱とした空気を背負っているように背中も丸まっている。

 なにがあった。


 眉をひそめながら天津さんを見て、あ、となる。下を向いているのに足元の注意が散漫だ。

「天津さ――」

 呼びかけようとしたけど、間に合わなかった。

 とぼとぼであってもベンチに向かって動いていた天津さんの足が、こつんっと転がっていたセミを蹴った。あの足の開いていたセミである。


 予想通りというかなんというか。

 生きていたセミはなにしやがるんだとでも言うように、じじじっと鳴きながら天津さんに突撃。

「きゃぁっ⁉️」

 と、驚いた彼女は悲鳴を上げて盛大に尻もちをついてしまう。


「あー……」

 予想通りの顛末になって、嘆くような声がもれた。

 俺が校舎裏に来た段階でセミをどっかにやっておけばよかったなとか、せめてもう少し早く注意を促せればなとか。

 コケた天津さんに思うところはある。

 ただ、真っ先に思い浮かんだのは別のことで。

 ……下着の色って、性格が出るのかな。

 姉とは違い清楚な白が衝撃的だった。

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