第9話 人気アイドルの地味な双子の妹が俺といた理由
詐欺だ、というのが一目見た印象だった。
天津さんと初めて話した月曜日から四日数えて金曜日。週の最後。
午前中の授業をサボって、校舎の裏側で工事中の布で覆われている建造物の中に俺はいた。そこは体育館のような形をしているライブ会場で、中には観客席も用意されていた。
廃校寸前というのにずいぶんとお金をかけている。出資でもあったのだろうか。
誰もいない観客席。
その一番後ろで、俺と天津さんが並んで観るのは暗い会場で唯一輝く夜明けのアイドル。明るい色を基調とした制服のようなアイドル衣装で着飾って、舞台上で歌って踊って笑顔を振りまいている。
舞台の照明にも負けない肌の白さを際立たせる正統派な化粧もアイドルらしい。
アイドルと言えば誰もが想像するような具現。なるほど、人気にもなるだろう。
けど詐欺だ。
誰だよあれ。夜明けのアイドルと天津シノがイコールで繋がらない。計算式を途中で間違ったとか、そういう話ではなかった。もはや別人で、目を疑うとはまさにこのことだ。
パンク系のブラックさがかわいらしいアイドルで漂白されている。吊り上がって鋭かった目が、ふにゃっとした柔らかい目元に大変身。
整形を疑うレベルだけど、天津とバーに行ったのは昨日のことだ。どんなミラクルな整形技術だ。だから、ありえないのだけど、そのあえりないことが目の前で起こっている。
「……双子じゃなくって、三つ子だったりしない?」
「ふ、双子、です」
認めたくない現実に急浮上した三つ子説をあっさり否定される。
夏休み中に行うライブの練習らしいのだけど、手を抜くことなく『まだまだシノと盛り上がっていこう!』と間奏の合いの手まで入れている。
血の気が引く。目眩がする。
初見がアイドル仕様だったならともかく、パンクな天津と出会った後にこれを見せられるのは精神衛生上よろしくなかった。
そっと右隣に座る天津さんを見る。
大きな眼鏡に長い前髪、そこに会場の薄暗さが合わさって表情一つ窺えない。膝の上でぎゅっと強く握った手だけが、彼女の緊張を伝えてくれる。
どうして夜明けのアイドル状態の天津を俺に見せたんだ。
ギャップが魅力的なんていうけれど、もはや別人と見紛うような変貌っぷりにショック死しそうなんだけど。
「お姉ちゃんは凄いから」
不意に天津さんが口を開いた。
その声は小さく、舞台上から会場内に響く歌声にかき消されてしまいそうなのに、どうしてか俺の耳にはしっかりと届いた。
距離が近いからか、意識を彼女に向けていたからか。
わからないまま、天津さんの話に耳を傾ける。
「なんでもできる。
歌も踊りも。
学校でも人気者で、テレビでだって、SNSでだってみんなお姉ちゃんの話題で盛り上がってる。
わたしが持ってないものをたくさん持ってる。
……わたしにあるのは、お姉ちゃんの双子の妹であることと、顔が似てるっていうそれだけ」
舞台上の輝きを反射する
羨望を口にしているようで、その声音には自分を卑下する成分が強いように感じた。
それは違うと、慰めればいいのかもしれない。きっとそれが正しい行動なんだろうけど、姉との複雑な関係性が一片とはいえ見えてしまって閉口してしまう。
そもそも俺が慰めたところでなにも変わらない。浅い関係の俺が安易な慰めを口にしていいとは思わなかった。
手の甲を額に当て、脱力するように背もたれに寄りかかる。
なにを期待されているのか。
ライブを一緒に観てと言われて、こうして並んで観て。
会場の空調はしっかりしているのに、夏の日差しに晒されているように汗が止まらなかった。会場内の暗さがそのまま押し寄せてくるような重苦しい空気に、来るんじゃなかったと後悔する。
「星観くんがお姉ちゃんを知らないって言ってたから、もしかしたらって思った。
お姉ちゃんじゃなくって、わたしを見てくれるかもって」
あぁ、だからと思う。
夜明けのアイドルは知っていても、俺は彼女の名前も顔も知らなかった。誰もが知っているはずの姉を知らない俺に、天津さんは興味を引かれたのか。
「けど、そうだよね。
知らなくっても後から出会うこともある。
知っちゃえばお姉ちゃんを好きになる。……わたしじゃないんだ」
ごめんなさいと、暗闇の中、こっちを向いて口元に笑みを浮かべる天津さんはあまりにも痛々しかった。
期待が期待でなかったと知って絶望するのではなく、それが当たり前だったと受け入れる姿が。
ただ、痛ましいと思うと同時にムッとする。
星観くんもお姉ちゃんを知ったら好きになったと、暗に語る彼女の決めつけに、だ。
双子の間でなにがあったかと下世話な好奇心で掘り返す気はないし、そんなことないよ君も十分魅力的だと薄っぺらい慰めを口にするつもりはない。
でも、と天津さんの顔に手を伸ばす。
「な、なな、……なにをっ」
パッと眼鏡を奪う。
はわっとなって仰け反る天津さんが逃げようとするけど、肘置きに遮られている。それをいいことに、俺は前髪を左右に流して、金色にも似た琥珀の瞳をあらわにする。
その瞳は驚きで真鍮のように丸くなっていた。
「俺が綺麗って言ったのは天津さんだ」
舞台上にいる夜明けのアイドルでも、天津姉でもない。
「天津は別に好きじゃない。
あんな口悪い詐欺アイドル、今見たところでどうとも思わないから。
だって、どう見ても詐欺だろ、あれ。
人の都合なんてお構いなしの自己中女だって正体を知ってる時点で、好きとかない」
「そ、そう……なんです、か?」
「そうなの」
頷く。
そして、大きく見開く目の間、眉間を人差し指でつんっと
「自分を卑下するのは勝手だけど、俺の気持ちを想像で決めつけないで」
わかった?
確認すると、こくっと小さく頷いてくれた。よし。
■■
「……言い過ぎたかも」
うぉおおっと休みの朝っぱらからベッドの上で頭を抱えてごろごろのたうち回る。
昨日の夜はふんふんっと鼻息荒く、興奮さめやらぬって感じで寝ちゃったからなにも思わなかったけど、今になって思い返すと余計なこと言ったなと後悔が重く体を押し潰してくる。
その場の雰囲気とか、あまりにも自分を卑下する天津さんの物言いとかにイライラしてしまったけど我慢するべきだった。適当にそれなと言って流す場面だった。言うにしても、もっと言葉を選べただろう。
どったんばったん。
「最悪……ほんと、最悪」
今日が土曜日なのは幸いだった。
学校までに時間がある。とはいえ、時間があっても過去は変えられない。どんな顔をして天津さんと顔を合わせればいいのやら。
「とりあえず、謝罪から入るべきか……?」
寝癖でぼさぼさの頭をさらにかき乱して悩んでいると、来客を告げるベルが鳴る。人が悩んでる時に、と罪のない来訪者を恨む。
「勧誘だったらなにも言わずに切ってやる」
どたどた階段を降りてリビングへ。
なんだこの野郎と不機嫌な顔を作ってインターホンのモニターを覗いたら……さーっと血の気の引く音が鼓膜を撫でた。
なぜなら、黒いマスクの強面女が画面いっぱいに映っていたから。
『よーぞらーくーん? あーそびましょー……?』
通話ボタンを押した瞬間、間延びした低音が流れてきてホラーかと思った。
マスクで隠れた表情。今、どんな顔してうちまで来てるのこの詐欺アイドル。家の場所、教えてないよね……?
◆第1章_fin◆
__To be continued.
【あとがき】
■サポーター限定SS公開!
【限定SS】side.天津ユウ 彼に綺麗と褒められた翌朝のわたし【約2,200文字】
https://kakuyomu.jp/users/nanayoMeguru/news/16818093082287371206
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