第2章
第1話 人気アイドルの姉、来襲
休み明けの教室で、真っ先に目が向かったのは教室の端っこだった。
土日を挟んでも騒がしく昨日のドラマやアニメの話で盛り上がるクラスメートたちをよそに、ひっそりと息を潜めるように座っている天津さん。
今日はなにか本を読んでいて、三つ編みや眼鏡といった装飾品も合わさってか実によく似合う。古めかしい文学少女といった雰囲気があった。
普通、だよね……?
変わったところと言えば本を読んでいるぐらいで、だからといっておかしいというほどでもない。
そう思っていたら、俺の視線を感じたように顔が上がって、見ていた俺はびっくりして思わず視線をそらしてしまう。咄嗟だったとはいえ露骨な反応をしてしまった。変に思われてないといいけど。
天津さんに目が行きそうになるのを耐える。はぁ……と肩を落としながら自分の席に向かう。
どうにも気になってしまう。
後ろを意識しながら席に着いて、これもすべて天津姉のせいだと土曜日のことを思い出して顔を顰める。
■■
『よーぞらーくーん? あーそびましょー……?』
インターホンモニターに映る黒いマスクをつけた顔面つよつよ女。
小学生のような陽気な言葉とは違い、寒気すら覚える声音にうわぁっと頬が引き攣る。
なんでこの家知ってるんだ。
教えたことはない。招いた覚えもない。
なのに、当然のように来訪してきた天津が怖くなって、無意識に指が終了ボタンを押していた。
「……」
ぷつんっと暗くなったモニター。
けど、すぐさまピンポーンと呼び鈴が鳴ってびくっと肩が跳ねる。こうなることがわかっていてもびっくりするものはする。
再度、モニターが明るくなって映し出したのは、バッチバチのまつ毛と銀の瞳。たぶん、カメラに目を近付けているのだろうけど、モニターいっぱいに映り込んで瞬きする映像は背筋に冷たい汗を流すには十分な光景だった。
『……ねぇ? どうして切るの? 私とお話……しましょうよー? …………なァ?』
最後だけドスの効いた脅し。
夏だからってホラーで涼しくなる趣味はないんだけどなぁと目を覆う。怖いって。
■■
「で、どういうこと?」
開口一番詰め寄ってくる。
玄関に上げた途端これで、前にもこんなことがあったなぁと思い出すように遠くを見る。
「どこ見てるの?
ちゃんと訊いてる?」
「訊いてるけど……君、前回の件反省してる?」
「うっ」
天津がうめく。
俺を無理やり連行して、マスターさんに怒られたのは記憶に新しい。さすがに天津も覚えているようで、バツが悪そうに顔を背けている。
「…………今日は引っ張ってきたわけじゃないから」
「休みの日に、なんの連絡もなく、突然家を尋ねてきたんだけど?」
「………………………………ごめん」
しゅんと花が
猪突猛進というかなんというか。
冷静になれば常識的だけど、一度暴走すると考えなしにどこまでも突っ走ってしまう
双子ってドッペルゲンガーみたいに好みも趣味も同じみたいなイメージを持ってたけど、ああいうのは強調されて作られたフィクションみたいなものなのかな。
実物を見るとよりそう思う。項垂れた姿だけはそっくりだけど。
妹とは違い、肩を撫でる程度の短い髪先が汗で濡れている。首筋も水気を帯び、火照った肌が熱を発しているように見える。
まだ昼には遠い朝方だけど、年々増す夏の暑さは容赦がない。朝だろうとお構いなしに温度計の数字を上げ続けていた。
面倒だけど、追い返すってわけにもいかないか。熱射病で倒れました、なんて後から言われても困る。諦めというのであれば、玄関に上げた時点でついている。
「とりあえず上がって」
「え……?」
言うと、天津が驚いたような声を上げた。
そわそわしだして、露出した二の腕をさする。頬に赤みが差して、その反応はまるで異性を意識する女の子に見えた。
「なに」
ジト目で見る。
「え、や……男の子の家に上がる初めてだから、その……わかって」
「……」
うぇ、と口の両端が下がる。
なぜ照れる。
「男の家に乗り込んできて、なにいまさらかわいこぶってるの?」
「それが大人気アイドルに向かって言う台詞⁉️」
言う台詞。
「ぶってるんじゃない。かわいいの」
「自意識過剰……」
「なにか?」
笑顔で凄まれたので口をつぐむ。だから怖いって。
はぁ、とやるせない吐息を吐く。とても面倒。休みなのだから、もっと寝ていたかった。なにより、妹のことで悩んでいるのに、姉にまで頭を悩まされたくはなかった。
「別に外のファミレスでもいいけど」
「アイドルが男と二人でファミレスなんて、行けるわけないでしょ」
なに真顔で言ってるのだろうかこの子は。
それなら、この前のバーだって問題だし、家に上がるのはもっと問題だろう。彼女の中の線引きがわからない。
「じゃあどうするの?」
「……お邪魔します」
渋々といった様子で上がってくる。
なんだったのかこれまでのやり取りは。ツッコミたかったけど、これ以上蒸し暑い玄関でごたごたしたくはなかったので呑み込む。
階段を上がって部屋に通す。
一人で残すのは少し心配だったけど、一応はお客だ。招いてないけど、部屋に上げた時点でお客なのは間違いなかった。残念なことに。
なので、最低限のもてなしはするべきだろうとキッチンを漁る。
「麦茶しかない」
そういえば、ジュースを買い足してなかった。夏は消費が激しいけど、炎天下の中、買い出しに行く気力は起きにくい。
出がらしじゃないだけいいと思ってもらおう。ついでに、目についたポテチとクッキーをお盆に載せて部屋に戻ると、人様のベッドの下に潜り込んでいる自称アイドルがいた。
……なにしに来たんだ、ほんとにこの子は。はぁ。
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