芸能クラスに人気アイドルの双子がいるひとりぼっちな同級生は、俺にだけ姉に負けない素顔を見せてくる。

ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中!

第1章

第1話 夜闇のベールに隠れていた同級生女子の素顔を見る。

 教室の喧騒を避けて行き着いた校舎裏で、一人の女の子が膝の上にちょこんっとお弁当箱を乗せて昼食をとっていた。

 レンズの大きい野暮ったい眼鏡に、三つ編みをした見るからに大人しそうな女子生徒だ。スカートの膝丈も膝より下で、真面目というよりは地味という印象が先に来る。


 見たことがある。同級生。

 名前は……なまえは……なんだっけ?

 思い出せず、首を傾げる。

 同級生であっても、話さなければ一々名前なんて覚えてなかった。隣の席に座ってる男子生徒すら怪しい。確か……タナカ? そんなよく耳にする名前だった気がする。たぶん。


 校舎裏で忘れ去られて、今にも風化してしまいそうなベンチに座ってちまちまお弁当を食べている同級生女子。こんなところで食べてたんだなと思う。納得なような、そうでもないような。

 青々と茂った枝葉の隙間から夏の木漏れ日がベンチを差す。セミの声もけたたましく、夏だなぁ、と感じる。そんな中、樹木の陰とはいえ、外で食べるのはなかなかに厳しそうだ。

 食べる場所を求めて校舎裏に来た俺も人のことは言えないけど、見るからに華奢で体力のなさそうな彼女を見ると意外でしかない。というか、心配になる。熱中症で倒れたりしないよね?


 校舎を照り返す日差しが肌を焼く。首筋に汗が浮かぶ。立っているだけでからっからに乾きそうだ。人の心配をしていて倒れるわけにもいかない。丁度、ぐーっとお腹が空腹を訴えている。

 俺も食べよう。

 思って、地面を見ると干からびたミミズが横たわっていた。

 ……。

 男子高校生だし、多少汚かろうが気にしないけど、これは……気になる。地べたはない。うん。ない。そう思うも、座れそうな場所なんてベンチしかなかった。


 わざわざこんな場所で食べてるぐらいだ。人目を避けてきたのは明白。申し訳ないなぁと思うけど、背に腹は代えられないので諦めてもらおうと勝手に決める。

 本当に食べてるのかわからないぐらい、小さく顎を動かす彼女が座るベンチに近づく。

「隣、座っていい?」

「……あ、ひゃっ⁉️」

 顔を上げて、一拍遅れて悲鳴を上げられた。どうやら気付いていなかったらしい。あわふたと手を泳がせて、膝の上のお弁当が落ちそうで心配になる。


「な、そそ……、っ、なにかかかっ」

「いや、ベンチでお昼食べたいんだけど……うん、なんかごめん」

 食事中のリスに話しかけた気分だ。小刻みに震えていて、今にも逃げ出してしまいそう。さすがに、こんな調子じゃあ隣で食べるなんて無理そうだ。

 諦めて片手を上げる。

「気にしないで、じゃあまた教室で」

 さて、じゃあどこ行くかと踵を返そうとしたら、「あ、あの……っ!」と彼女が声を上げた。


「なに?」

「や、だから、……」

 俯いて、重たそうな眼鏡がずり落ちそうになっている。落ち着かなそうに手を合わせる。長い前髪がベールのように顔を隠して表情を窺わせないけど、緊張しているのは十分以上に伝わってくる。

 なんだろうね。

 返答を待っていると、胸の前でもじもじしていた手をベンチに触れさせた。

「ど、どど……どうぞっ」

「えーっと、ここで食べてもいいってこと?」

 訊くと、首が折れそうなぐらい頷かれた。


 そのいっぱいいっぱいな反応を見ると、大丈夫か? と不安になる。けど、見るからに勇気を振り絞って勧めているのだから、断るというのも悪い気がする。

 ちょっと悩むけど、今回だけだし。それなら、いいかと納得しておく。

「ありがと。お邪魔するね」

「う、うんっ」

 声ガッチガチだな。体も石のように固まってしまっている。


 手早く食べちゃおう。

 そう思って、抱えていた紙袋からおにぎりを取り出す。鮭、明太子、そしてツナマヨ。やっぱりおにぎりはツナマヨだよねぇ。ぺりぺりっと包装を剥がして、ぱくり。うん、おいしい。それに静かだ。


 遠く、そして近くから響くセミの鳴き声。ジリジリと地面を焼く容赦のない陽光が、ゆらゆらと空気を歪めている。

 夏を感じる静かな時間。

 ほっ、と息を吐き出す。

 教室を出て、彷徨って。

 ようやく一息つけた気がした。


「あ、あの……」

 控えめに声をかけられて驚く。

 あれだけ萎縮していたから、まさか声をかけられるなんて思っていなかったから。おにぎりを口に含んでいなくてよかった。喉に詰まらせていたかもしれない。それぐらい驚いた。

 なにより、彼女から声をかけられるのは初めてだったから。


 教室では一人で静かに。

 肩を縮めて、小さくなっている印象があった。

 誰かと話しているところなんて見たことがない。だから意外で、きょとんとなる。無言の空気に耐えかねた、なんてのはありそうだけど、なんだろう。話題が想像つかない。


「ど、どうして……ここ、に、来た、……の?」

「……」

 もしかして、暗に邪魔って言われてる?

 表情で思っていることが伝わったのか、「い、嫌とかではなくって!」とすぐに弁明される。その反応が余計に疑惑を真実に近づけるのだけど、あくまで本人は必死で、そうした意図はないのだろう。

 今にも折れてしまいそうなぐらい細い手首を耐えるようにぎゅっと握って、俯きがちにぼそぼそと喋る。


「ここ、で……初めて、見るから」 

 消え入りそうな声をどうにか聞き取る。

 要領を得ないけど、毎日ここでお昼を食べてるけど、俺を見たのが初めてだから理由が気になった、ということだろうか。わかんないけど、たぶんそんな気がする。

 もしかすると、ここは彼女にとって、学校で唯一落ち着ける秘密の場所だったのかもしれない。


 やっぱり邪魔しちゃったみたいだと申し訳なくなる。今後、来ないようにしよう。

 そう思いつつ、とりあえず質問には答えておく。

「教室がうるさかったから」

「あ……」

 鳴くような声。察してくれたのかもしれない。

 もしかすると、こうして暑さに耐えながらも、校舎裏のベンチにいるのは同じ理由なのかもと思う。

 思ったけど、

「……ごめんなさい」

 と、なぜか謝られて、違ったかもと思い直す。


「いや、なんで謝るの?」

「…………ごめんなさい」

 尋ねると、頭がどんどん落ちていって、額が膝にくっついてしまいそうだ。

 彼女が騒いだわけじゃないし、原因でもない。だから、謝る理由が見つからない。なのに、ずーんっと見るからに落ち込んでしまっている。

 困った、と頭をかく。


「君は関係ないでしょ」

 慰めて、耳をすませる。

 校舎や木々に囲まれた、静謐な場所。それでも、耳をすますとしっかりと聴こえてくるのは――アイドルのライブ音。

『みんなー! いっくよー!』

 と、わかりやすいアイドルの掛け声が鼓膜を震わせる。はぁ、と辟易してしまう。


 芸能クラス。

 入学者が減って、廃校の危機だったうちの高校が行った苦肉の策。校長だか理事長だかの趣味なんて噂もあるけど、真相は実際に通っている生徒には降りてこない。

 代わりに届いてくるのは、毎日のように校舎を震わせるライブ。芸能クラスの授業音。昼休みに校庭で行われるゲリラライブは、アイドルの歌だけではなく、校舎中にいるファンの熱狂を呼び覚ます。


 けど、芸能クラスは今年度にできたばかり。

 通っている生徒も多くなく、どの子もあくまで芸能クラスの生徒でしかない。やっていることは、部活の軽音部とさして変わりはなく、騒ぎだってそう大きなものにはならない。

 ――ただ一人の本物がいなければ。


 夜明けのアイドル、なんて呼ばれる子がいる。

 他のアイドル志望とは違って、本当にアイドル活動をしている芸能クラスの女子生徒だ。

 歌手にドラマにと自他ともに認める人気アイドルが、今、校庭でライブをしている。授業や練習の一環だったとしても、もはや事件みたいなもので、一般クラスは阿鼻叫喚。熱狂的なファンになって。わーきゃーと、ライブ会場そのもののように黄色い声援を贈っている。


 うん。うるさいよね。落ち着いてご飯なんて食べれない。

 廃校危機だったとはいえ、芸能クラスなんて新設した誰かに恨み言を言いたくなるぐらいには迷惑している。おのれ、って。

 オブラートに何十にも包みつつ、教室は昼ご飯を食べる環境ではなくなった、というと「ごめんなさい」と三回目の謝罪を口にされた。だからなんで。なんだか、そのまま地面を掘って埋まりそうなぐらい意気消沈している。


「アイドルに、興味は……ないの?」

「ないない」

 手を横に振る。

「そもそもテレビ見ないから」

 最近、人気のアイドルすら知らない。

 情報社会なんて言われてるけど、知ろうとしなければ知らないままなのは、今も昔も変わらないのだろう。


「今、校庭でライブしてる子も人気なんだろうけど、顔も知らないし」

「顔……」

 それなのに、彼女の話は級友から聞かされていて、最新の活動やらなんやらは把握しているのだから、人気が窺えるというか、ミーハーが多いというべきか。芸能クラスが新設するまでは、そこまで興味もなかったくせに。


 はー、やーねーほんとと肩をすくめると、隣で縮こまっていた彼女がおもむろに眼鏡を外した。

 眩しかったのかな。

 なんて思ったけど、今度は三つ編みを解き出す。ふぁさっと長い黒髪が夜のとばりのように広がる。

 真昼に訪れた夜に見入っていると、ぐいっと顔が近付いてきて目を丸くする。胸の前で拳を握って、意を決したように前髪のベールを払う。顔を晒す。


「こんな顔……です。

 興味、……ない……?」


 夜闇のベールに隠されていたのは、芸術品のように整った顔。

 さっきまであった野暮ったさなんて欠片もなく、眼鏡の上からではわからなかった金色にも似た大きな琥珀の瞳が、濡れたように揺れている。

 強い夏の日差しの下だというのに、雪のように白い肌。その上が紅でも塗ったように赤くなっていて、羞恥に耐えているのが目に見えてわかる。

 綺麗だな、って素直に感じる。こんな綺麗な子、初めて見たってぐらいには驚いているし、見惚れている。


 息を呑んで、どうですか? と震えて返事を待つ彼女の瞳を見つめ返す。

 どう……って、言われると、

「綺麗だなって思う」

「……っ」

 彼女の顔がより赤みを増す。なんか軟派な男みたいな台詞だなと思う。ただ照れはなくって、宝石を褒めたような感覚だった。異性を褒めるとか、口説くとか、そういった意味合いからは遠い。


 そして、セミの鳴き声。そよぐ風。

 俺たちの間を静かに夏が通り過ぎていって、はて? と首を傾げる。

「で、それがアイドルとどう繋がるの?」

「…………え」

 よくわからなかった。

 確かに、アイドル以上に綺麗な顔だなと思うけど、だからって彼女がアイドルなわけもなく、話の前後が見えない。

 ただ自慢したかっただけ? そんな性格でもなさそうだけど。


「あ、だから、この顔が」

「うん。綺麗だね」

「~~~~っ」

 バッと顔を両手で覆う。見えなくなった顔の代わりに、髪の隙間から覗いた耳が赤くなっているのが見えた。訊いてきたのはそっちなのに、なにを恥ずかしがっているのか。

 ぷるぷる震えて、突然、バッと立ち上がる。当然、膝の上にあったお弁当箱はひっくり返って、「あ」と受け止める間もなく地面に落ちてしまった。


「ご、ごめんなさい……!」

 待って、と。

 呼び止める暇もなく、彼女は逃げるように……というか、逃げて行ってしまった。残されたのは呆然と見送るしかなかった俺と、地面に落ちて散らばったお弁当箱とその中身。嗅ぎつけたのか、一匹のアリが卵焼きの上に乗っかりだした。

「なんなんだったんだ」

 疑問はある。けど、答えを知っている子は走り去ってしまった。



 ■■


 結局、なんだったのかわからないまま翌日を迎える。

 お昼になって。

 またもや騒がしくなりそうな教室にため息をこぼして、席を立つ。

 向かう場所は昨日と同じ校舎裏。


 迷惑になるから本当はもう行く気なんてなかったけど、昨日忘れていったお弁当箱を届けないわけにもいかない。教室で渡そうかと思ったけど、変に注目されたら余計迷惑だろうとやめた。

 この年頃の男女の接触は、落とし物一つ渡すだけでも冷やかされる。大人しい彼女には辛いだろう。


 だから、彼女がいるだろう校舎裏に届けに行くことにした。

 できれば、昨日の件も訊きたいし。

 そう思って、裏返って転がるセミを避けながら校舎裏に向かったのだけど、そこにいたのは地味な同級生の女の子じゃなく、アイドルのように輝く美少女だった。


 小さなお弁当を膝に乗せて、寂れたベンチに座る淑やかな少女。

 彼女はふと、なにかに気づいたように顔を上げると、俺を見て照れたように笑って出迎えてくれる。


「一緒にお昼、食べない……?」


 その笑みを見て、とくんっと心臓の跳ねる音がした。

 さっき、教室にいた時は大きな眼鏡に、三つ編みといつもと同じ飾り気のない姿だったのに。

 どうして素顔を見せているのか。

 暑いから? それとも、ただの思いつき?

 疑問があって、でも、なんで? とは訊けず。

 誘われるままに「う、うん」と頷いて、俺は彼女の隣に座ることしかできなかった。

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