第4話 休んだ同級生に忘れ物を届けに行く

 メッセージを送られたら黙って帰れない。それはシノが勝手に送っただけだからと訂正しようにも、ユウさんの連絡先を知らないのだからできなかった。

 そもそも連絡先を知っていたら、こんなことにはなってないというね。


 仕方なく、シノが送ってきた住所を地図アプリに入力して天津宅を目指す。住所を見た時からわかっていたけど、おんなじ街に住んでいるらしい。

 高校生にもなると、駅を跨いで通ってくる生徒も珍しくない。近くてよかったと、そう思うには俺の家とはだいぶ離れているけど、電車で行って帰ってよりはまだマシだ。


 スマホ片手に知らない道を歩く。住んでいる街だからって、隅々まで見知った土地なんてことはない。生活圏なんて通学路と、遊びや買い物で利用する駅前ぐらいで、少し道を外れただけでそこは見知らぬ街となる。

 道を間違えないようにスマホばかり見ているせいで、風景を眺める余裕はなかった。帰りの道なんて覚えているわけもなく、また地図アプリとにらめっこだなと思っていると、画面上で目的地と俺の現在地が重なる。


 見上げれば、そこは三階建てのアパートだった。クリームのような白い塗装は真新しく、そこそこ新しいんじゃないかと思わせる。

「えぇっと」

 辺りを見渡してガラス扉、その横にマンション名の書かれた看板を見つける。住所に記載されたマンション名と同じ。天津宅で間違いなさそうだった。


 ずり落ちそうになる二つの鞄を両肩にかけ直しながら、両開きのガラス扉を押して入る。出迎えたのはオートロックドアで、近くには番号を押すパネルがあった。

 自宅が一軒家で、あまり使う機会がない。ちょっと物珍しく、番号押して呼び出し……でいいんだよね? と、操作に戸惑ってしまう。

 慎重に、おっかなびっくりになりながらも部屋番号を押して呼び出す。ピンポーンという呼び出し音がパネルのスピーカーから鳴る。そのまま待つこと五秒、十秒……なかなか繋がらない。


 部屋番号を間違えたのかと心配になって近くに並んだポストを見るけど、押した部屋番号のポストには天津と記載されている。となると留守か。

 そもそも、今日は体調不良で休みと先生は言っていた。病院に行ってる可能性は十分にあるし、部屋にいたとしても寝ているかもしれない。

 となると、出ないからって何度も呼び出すのは迷惑だろう。これで切れたら帰るか。そう思ってもうしばらく待っていると、ぶつっと音がした。切れたのかと思ったけど、ざざっとスピーカーから音がする。パネルのランプが赤く灯っているのは繋がった証拠なのだろうか。


「……ユウさん?」

 状況が不明瞭なので、とりあえず呼んでみる。と、声はしないけど、なにやらどたばたと物音が。やっぱり繋がってはいるらしい。そのまま待っていると、『ど、どどど』と少しこもったユウさんの声が聞こえてきた。

『どうし、……て、ここにっ?』

 なにやら俺が来たことに驚いている声。

 あれ。伝わってない?


「この前忘れていった鞄を届けに来たんだけど、シ……お姉さんからメッセージ届いてない?」

『…………スマホ、鞄』

 端的な固有名詞の羅列。けど、意味は汲み取れる。俺が持っている鞄の中にあるらしい。

 それなら一生ユウさんに届くわけがなかった。未読スルーで泣いているシノを想像して、ふっと笑いがこみ上げてくる。


『ど、どうか……した?』

「いやなんでも」

 笑ってしまう口元を手で隠す。

「とにかく、鞄を返しに来たんだけど、体調が悪いようなら今度でも――」

 言い切る前に閉まっていたドアが開いた。そのままぶつりと通話が切れてしまう。

 これは……入れってことなんだろうか?

 まぁ、開いたのならそうことなんだろうと、閉まらないうちにドアをくぐる。


 管理人がしっかりしているのか、小綺麗な廊下を抜けて階段を上がる。二階、三階。その後、一つ、二つと扉とすれ違うと、天津の表札が見えてきた。

 扉横のインターホンを押すと、下とは違って今度はすぐに出る。

『ちょ、ちょっとま、てて』

「わかった」

 と、返事をしたのはいいんだけど、スピーカーの向こう側から『き、きがえ、なにから!?』とドタバタわーきゃーとユウさんの慌てふためく声や音がこれでもかって聞こえてくる。

 どうやら通話を消し忘れたらしい。


「鞄、返すだけでいいんだけど」

 口にするも、残念ながらユウさんの耳には届かない。自動で通話が切れたのか、ぶつんっという音が響く。すっかり室内の音は聞こえなくなったけど、あたふたするしてるんだろうなぁと見なくてもわかる。


「来ない方がよかったかな」

 体調悪いのに、あんなに騒いだら悪化しないだろうか。

 心配になるけど、いまさらだ。どうあれここまで来た以上、鞄を返す目的だけでも果たしたい。ずるんっと肩から落ちた鞄をもう一回持ち直して、扉の前で待つ。

 ……出てこない。


 時間は見てないけど、そこそこ待ったはずだ。ちょっと贅沢なカップラーメンができるぐらいには。

 最初は大人しく扉の前で待っていたけど、こうも待たされるとじっとしていられなくなる。ここに来るまでに抱えていた緊張も時間とともに薄れて消えていく。

 まだかなぁと、気付けば扉に背を向けて壁の縁に手を付いてぼーっと空を見上げる。青から茜へ。赤らんできた空が時間の経過を教えてくれる。雨が降りそうにないのはよかったけど、暮れるまでは待ちたくはなかった。さすがにそこまで気は長くない。


 一向に出てこないので、スマホでもいじってるかとポケットに手を伸ばしたら、後ろでガチャッと音がした。伸ばした手をそのまま下ろして振り返ると、扉を目一杯開けたユウさんが肩で息をしながら立っていた。なぜか制服で。

「お、おまたせ……」




【あとがき】

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