第3話 心の天気模様は曇りから台風

 思い出した記憶は長かったけれど、現在の時間は数分かそこらしか経っていない。

 自分の席でうなだれるように鞄を枕のように抱える。

 あの後も、要件は終わったというのに『せっかくだから』と、なにがせっかくなのかわからないまま、天津は人の部屋に居座り続けた。


 騒いだり、静かにしたり。

 色々あったけれど、天津さんとは関係のないことなので一旦棚上げしておく。……棚上げしておくにはいやに大きくって重いけど。とりあえず、男のベッドの上でごろごろするなとは思う。


 どうあれ、だ。

 俺の中で天津さんは金曜日からずっと怒っている状態が続いていた。

 根に持つ性格には見えないけど、顔を真っ赤にするぐらいだ。地味なわりに大きな胸の内に抱えた怒りは相当なものだろう。


 やだなぁ。

 誰だって嫌われれば気分はよくない。

 この世に絶対なんてないし、理不尽な怒りをぶつけられることもある。なにをしたところで嫌ってくる相手というのはどれだけ気を遣ったところで存在する。

 それは仕方のないことで、悲しいけれど諦めるしかなかった。

 でもだからって、あえて嫌われていたいわけじゃない。


「原因、俺だし」

 鞄に口を埋もれさせながらこぼす。

 仕方ないで済ませるには、俺のやらかし成分が大きすぎる。理由なく嫌われたわけではなかった。


 これが顔を合わせるのは一生に一度。それこそ、道行く人にぶつかって怒られたぐらいなら、多少落ち込んでもすぐに忘れる。

 けど、相手は同級生だ。

 高校二年の間、それどころか三年まで一緒の教室で過ごすことになるかもしれない相手。たとえ、ただの同級生として過ごすとしても、嫌われたままというのは心情的によろしくない。


 謝ろう。

 それだけは決まっている。けど、他の同級生がいる中というのは避けたかった。とくに級友。

「もう、行くことはないと思ってたんだけど」

 頭の中に校舎裏を思い浮かべて、登校したばっかりだというのに憂鬱な気分で昼休みを待つ。



  ■■


 待ちに待った……というには、心の天気は曇り空。

 晴れやかさとは真逆の気分で、今にも雨が降り出しそうな心に、口から雲にも似たため息がこぼれる。

 ようやくだ。

 教壇に立って授業をする先生の声がやけに長く感じていた。日頃から真面目というほどではないけど、板書を写すぐらいはしていたのに今日はペンすら持つのも億劫だった。

 ノートは真っ白。心の空模様と同じ。


 気分どころか肩まで重くなっている気がするけど、四時限目の終了の鐘。そして、昼休みを告げる鐘がぐいっと俺の肩を持ち上げる。

 なにはともあれ行動。

 天津姉に習うみたいだと思ってしまい、すっきりしない心境になるけど、今はプライドよりもじつを優先したい。嫌なことは早く済ませようの精神でガッと椅子の足を後ろにこすらせる。


「よし」

 と、意気込んで、いきごんで……でもなぁ。

 真正面から『あなたなんて嫌い』と言われたら、ショックだよなぁ。余計な想像が頭を過って背筋が曲がる。猪突猛進もなかなか難しかった。

 もしかしたら天津は凄いのかもと思っていたら、くいっと後ろから制服の裾を引っ張られる。


 級友の悪ふざけかと顔を上げたが、普通に前の席に座ってた。うるさい奴ではあるが、さすがに腕が伸びるようなおもしろ人体構造はしてないはずだ。

 じゃあ誰?

「ほ、星観くん」

 ぎゃっ、と心臓が飛び出るかと思った。

 悲鳴を上げなかった俺を褒めてほしい。


 俺の制服の裾を指先で摘んでいたのは天津さんだった。

 ただ見えるのはつむじ。

 真下を向くぐらいに顔を俯かせていて、肩に乗っていた三つ編みがすとんっと落ちる。

「じ、時間、……い、い?」

 これはあれか。校舎裏の呼び出し的なあれ。

 顔を見せないまま尋ねてくる天津さんに終わったなぁと思う。

 行くところだったけど、まさかの呼び出しに心の天気は雨を通り越して台風が到来していた。

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