Ep.10 -「…?あーん」-

「おー、今日は一段と早いな響谷」

 学校、俺が自分の席の机に突っ伏していると、上からそんな声が聞こえる。

 少しだけある眠気を振り払い、顔を上げる。

 まあ、声で分かっていたが案の定森谷が立っていた。

「あぁ、まあ」

「なんかあったん?話きこか?」

「特に何もないしあったとして森谷に話す義理は無い」

「なあお前言葉のナイフって知ってるか?今のお前の言葉で俺のメンタルズタズタよ?あーあー傷付いちゃったなぁー!」

 …そんな陽気なトーンで傷付いたとか言ったところでなぁ。


「おはよう、月守くん」

 俺の後ろから聞こえる、白峰さんの声。

 振り向くと、いつもよりも少しだけ微笑んでいる白峰さんの姿があった。

「おはようございます、白峰さん。何か良い事でもありました?」

 俺がそう言うと、彼女は俺の耳に顔を近付ける。


「月守くんに起こしてもらったから、ね」


 そう言った後に、耳にふぅっと息を吹きかけられる。

「っ…」

 体がピクっと反応する。

 鼓動が高鳴って、顔が熱くなる。

「ふふっ、照れてる」

「…そりゃ照れもしますよ」

「そう?嬉しい」

 そう言って微笑んだあと、俺の右隣の席に座って本を読み始める。


「ったく、このクラスに居るのが全員恋人持ちだと思ってんのか?」

「いや、別にそう言うわけじゃないけど」

 俺がそう言うと森谷がとんでもない勢いで詰められる。

「じゃあなんだよ!あんな幸せそうな光景を血涙流して見てろって言うのかよ!ただの地獄だぞ!?」

「お…おぉ、悪かったから落ち着け」

「…ったく。まあ?俺も彼女ができたから?もうそんな事言える立場じゃあないんだが?」

「ならなぜ言った」

「いやずりぃじゃん」

「なにが」

「そりゃあ…諸々?」

「なんだ諸々って」

「諸々は諸々だよ」

 意味わかんねぇ。つか彼女できたのか。

「…まあ、彼女できておめっとさん」

「ん?おぉ。勇気出して告白したからな。ま、どうせ向こうからしたらアクセサリー感覚でしかないんだろうが」

「あぁ、そう」

「好きでもない相手と付き合うなんて顔が良いくらいしか理由ねぇもんなぁー」

 …なんか、女性不信なのか?森谷って。別にそう言うやつばっかりって訳でもないだろうに。

「ちなみに多分脈ナシだ」

「お、おぅ…」

「向こうに好きな奴できたら即ポイだろうな。好きな奴って、付き合うまでの一面しか見てないから言えるんだろうが、好きになられた側にとっちゃいい迷惑だよな。好きって言われて付き合ったのに、いざ付き合ったらなんか思ってたのと違うって言われて振られる事もあんだぜ?ま、俺はそんな事しないがな」


 昼休み、今日は森谷に誘われて屋上に来ていた。

 校則で屋上には立入禁止って書いてある訳じゃないから怒られないけど、屋上に来るまでに階段を4階+屋上への1階分上らなくちゃいけないから、ここに来る奴は少ない。


 ちなみに白峰さんも同伴している。

「…っていうか、呼ばなくても良かったのか?彼女」

「呼んだら断られた話するか?」

 森谷はそう言いながら俺にスマホの画面を見せる。『一緒に飯食わん?』という森谷の提案に対して返答は『友達と食ってるから無理』。

 …いやぁ、酷い。

「あー…なんかごめん」

「謝るなよ…」

「謝る以外に選択肢あったか?」

「…無視?」

「余計傷付かないかそれ?」

「…ねえ、月守くん。さっきから疎外感がすごいのだけど」

「あ、ごめんなさい」

「あーあー、結局非リアのままかぁー」

 それ、多分教室で言ったら殺されるぞ、森谷。

「そんな事ないと思うけど…」

「そうかな白峰さん?」

「彼女、居るでしょ?」

「居るけどさぁ…なんつーか、充実してないじゃん」

「つまり俺たちとの時間は充実の内に入らないと」

「ちげーよ。面倒くさい恋人か」

「そうかそうかつまり君はそんなやつなんだな」

「エーミールやめろ」

 森谷がそう言った後に、俺は白峰さんから制服の裾を掴まれる。

「月守くんは、私と居て楽しい?」

 白峰さんの方を見ると、とても心配そうな顔をして、俺の目をじっと見ていた。

 瞳を揺らして、胸の前で拳をきゅっと握って。

「もちろんです」

 俺がそう答えると、彼女は胸の前で握った拳を下ろす。

「…ふふっ、そっか。良かった」

 そう言うと、白峰さんは自分の弁当から玉子焼きを一切れ箸で掴んで、俺の口の前に差し出す。

「…?」

 まさか。

「…?あーん」

 ですよねー。…まあ、長引かせても余計に恥ずかしくなるだけか。

「あーん。…ん、ちょっと甘い」

 口に入れると、塩味の後にほんのりと甘みを感じる。

「苦手だった?」

「あぁ、いやそう言うわけではなくて…。甘い玉子焼きをそんなに食べたことが無いってだけです。普通に美味しいですね」

「そう?良かった」

「…いーなー、俺も彼女からあーんとか間接キスとかされてみたいなぁー」

「やってもらえばいいじゃん」

「そんな事言ったら『蛙化した』とか言われるヤツじゃん」

「…あぁ、あったな、そう言えばそんなの」

「あれマジで意味わかんねーよな」

 気持ちは分かるがやめとけ、燃えるぞ。

「ま、そもそも冷めきってるからこれ以上下がることもないだろうがなー」

「ははは…」

 森谷、強く生きろ。


――――――――

作者's つぶやき:森谷くん、強く生きて。

さて、それはそうと。響谷くんは結構すんなりとあーんを受け入れましたね。

彼方くんは…されたんじゃなくてした側ですね。されるところも書いておけば良かった…と後悔してます。

ま、あっちはあーんなんかしなくても平常運転でバカップル夫婦なんですけどね。森谷くんとは大違いですね。…うーん…まあ、その…頑張って好きになってもらいましょうね、森谷くん。

――――――――

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