Ep.8 -「…墓参り、行こうと思って」-

 白峰さんに膝枕をされながら、どうしようもなく湧き上がる母親への怒りを食い殺す。

 拳をぐっと強く握る。掌に爪が刺さって少しだけ痛みが走る。

「…月守くん、膝枕、嫌だった?」

「…あ、いや…そう言うわけじゃなくて…」

 …あぁ、クソ。

 白峰さんは、何となく俺の母親の感じがする。愛する人を愛して、その人が死んだら周りの迷惑も考えないで自分も死ぬ。




 ………一体、どこまで母親の事が嫌いなんだろうな、俺は。

 内心で自嘲じみた笑みを浮かべながら、そんな事を考える。




 ―――違う。




 そう、違うんだ。




 違うのに、同じ感じがして。




 ―――――どうすればいいんだよ!こんな矛盾した感情をどうやって片付ければいいんだよ!




 行き場のない怒りを心の中で叫ぶ。


 俺は多分、白峰さんの事が好きだ。それはもう、分かってるから。


 だから、教えてくれよ、誰か。


 白峰さんが俺を置いて勝手に死んだ最低な母親と重なってしまうのはなんでなのか。




 もういっそ、一緒に死んでくれたら楽だったのにな。




 葵から聞いた話だ。


 遺書で見た言葉だ。


 『響谷だけは幸せになって』


 そんな無責任に、どうしろっていうんだよ。




 本来なら、きっと幸せな時間。でも、今の俺の頭の中はそんな事で一杯だった。


 掌に爪を食い込ませて、必死に溢れそうな怒りを抑える。


 そう、違うから。


 白峰さんと、母親は違うから。




 だから言ったんだ。『恋人なんていいものじゃない』って。


 でも好きだから。断ってそれで悲しむ白峰さんを見たくなかったから。




 ………はは。

「…ははは…」

「どうしたの月守くん?」

「…いや、なんでもないです」

「そう?なら良いけど…」

 …本当に、バカだな。俺は。



「月守くん、なんで泣いてるの?」

「…え?」

 白峰さんの指が近付いてきて、俺の目元を拭う。

 拭った後の白峰さんの指は、確かに濡れていた。


 なんで、泣いてるんだろ。俺。

 感動した?悲しかった?寂しかった?それとも嬉しかった?涙が出るほど笑っていた?




「大丈夫だよ…月守くん。何があったかは分からないけど、私はこうして、月守くんの頭を撫でてあげる事しかできないけど、大丈夫。大丈夫だよ、月守くん」

「っ………!」


 込み上げてくる感情の正体は理解できぬまま、涙が零れ落ちる。


 強く握ったままの拳から、力がすっと抜けていく。




 何でかは分からない。


 白峰さんに掛けられた言葉は、俺が知らず知らずの内に欲していた言葉だったのかもしれない。




 安心できる場所が欲しかったのかもしれない。


 あぁ、クソ…。


 このままじゃ、彼女に依存してしまいそうだ。

 母親と同じ轍は踏まないって、そう思ってたはずなんだけどな。




 そうだ、俺が居たから、母さんの自殺選択が駄目と言われるだけなんだ。


 辛くなったら楽な方に"いきたい"のが人間だ。




 …母さんも、辛かったんだよな。きっと。



 白峰さんを家まで送った後、帰宅してソファに座っている葵に声を掛ける。

「…なあ、葵」

「どうした?」

「…明日、車出せるか?」

「別に出せるけど…どうした?」

「…墓参り、行こうと思って」

「へぇ、墓―――は?え?まじ?」

「…なんだよ」

「いや…驚いた。響谷の口からそんな言葉が出るのが」

「俺も驚いてる」

「…まあ、良いぜ。明日な」

「…じゃあ、俺はもう寝るから。おやすみ葵」

「あぁ、おやすみ」



 響谷が自室に入って、暫く後、私はさっき、響谷が口にした言葉を心の中で何度も反芻する。




 墓参り…か。


「よいしょっと」

 ソファから立ち上がって、キッチンに向かう。

 酒は飲まないけど、炭酸水に合うつまみを適当に作る。


 ジュージューと、炒める音がキッチンやリビングに響く。


 作ったつまみさらに盛り付けてをソファの前のローテーブルに置いて、炭酸水のペットボトルのキャップを開ける。


 飲み口に口を付けて、ボトルを傾けて炭酸水を口に流し込む。

 舌の上で炭酸が弾けて、チクチクとした刺激を感じる。




「…はぁ」

 やっとか、親不孝者め。

 …なんて、響谷に言ったら『何を今更』って返されそうだ。

 ってか、義理の母親ですらない保護者に言われたところで、か。



 翌朝、俺は葵の運転する車に揺られて、俺が知らない、俺の一家の墓地へと向かっている。

「響谷も死んだら母親と一緒の墓に行くんだぞ?」

「死んでもだね」

「どうだか」

「まあ…もういいんだよ。俺はもうこれ以降墓参りに来るつもりはない。別れを言いに来ただけだ」

 …そう。別れを言いに来ただけ。ただ、それだけ。

 どれだけ取り繕ったとして、結局は俺は母親の事は嫌いなんだ。

 自分で産んだくせして責任取らずに自殺してった母親だから。


 だから、俺は今日、その母親に言えなかった別れを告げる。

 それで、きっとこの心の靄は晴れるから。




「…ようやくだな、この親不孝者め」

「何を今更言ってんだよ。俺はとっくに親不孝者だよ。碌に親に育てられなかったんだから返す恩なんてないだろ?」

「まあ確かにな」

 …どちらかと言うと、だ。俺は葵に対して恩返しをしなきゃいけない。

 葵の事だ。どうせ『もう十分恩返しされてる』とか何とか言うだろうな。

 わーってっけど、まだ返し足りないから付き合えよ、葵。


――――――――

作者's つぶやき:…あれ、響谷くんもしかしてツンデレ?と、若干書いていて感じるところはありました。

響谷くん、許すの結構早いなと感じた方、まあその通りです。

辛かったら逃げたくなるのが大体の人に共通することだと思います。

残された響谷くんはどうするんだってだけで、結局逃げただけなので、逃げ残しが居なかったらこんな風にはならないんですよ。多分、きっと、恐らく、maybe。


あ、新作です。詳しくは近況ノートをご覧ください。↓

※7/19 AM8:00に公開です。

https://kakuyomu.jp/works/16818093081313791596

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