Ep.7 -「笑っちゃだめ。めっ」-
「…あ、そうだ白峰さん」
「どうしたの月守くん?」
「もしよかったらなんですけど、今日一緒にご飯食べませんか?」
俺がそう言うと、彼女は小さく頷く。
「じゃあ、そうさせてもらうね」
「分かりました。…で、葵は?」
「んぇ?…あー…どうすっかな」
「はよ決めてくれ」
「まあそんなに急かすなって。うーん…今日は良いや。どっかで食って帰って来るわ」
「了解」
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。月守くん、美味しかった」
「そうですか?ならよかったです」
俺がそう言って彼女に微笑みかけると、彼女は目を逸らす。
「…月守くん」
「はい?」
「笑っちゃだめ。めっ」
なんか怒られた。
■
ベッドの上、隣には月守くん。鼓動が煩くて、上手く寝付けない。
時刻は十二時を少し過ぎた頃。私は上手く眠れなくて、月守くんを起こさないように静かにベッドを抜け出す。
リビングの電気は付いていて、ソファに葵さんが座っていた。
「葵さん」
「っと、響谷―――じゃなくて白峰ちゃんか。どうしたの?眠れない?」
「…はい」
「慣れない環境だと眠りにくいタイプ?」
「そうじゃなくて、単純に月守くんが隣にいてドキドキして眠れないだけで…」
私がそう言うと、葵さんは高笑いをする。
「あの、起きちゃいますよ?」
「いやいや、あいつはこんな程度じゃ起きねえって。基本的に寝てる時は並大抵の事じゃ起きん」
「そうなんだ…」
「いやぁ、でも青春してるじゃん。いいなぁ、私も学生時代に戻って焦がれるような恋とかしてみたいわ」
「いつでもできない?」
「できない。正直な話、基本的に社会に出たら金とルックスだけが正義の世界だ。それにお互いにずっと交流できるってわけでもないから、お互いの事を知る時間も学校より圧倒的に少ない。だから一瞬でパッと分かるルックスに寄ってきて、付き合ったら確実に将来安泰な金があるのが正義なんだ」
「実体験なの?」
「さぁ、どうだか?」
…学校は社会の縮図だって思ってたけど、それは少し違うのかな。
「…学校って、何なの?」
「どうした急に響谷みたいな事言いだして」
「月守くん、こういう事言うの?」
「いや、分からんけど言いそうだなってだけ。…で?学校って何かって言うと…私の偏見だが…正直社会に必要な基礎知識だけを学べる場所ってところかな。自分たちと違う人たちは敵。違う人たちは悪。自分だけが正義。そんなご都合が通じる都合のいい社会。…って感じだ。多分」
暫く話した後に、私は月守くんの部屋に戻ろうとソファから立ち上がる。
「…その、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。………響谷の事、幸せにしてやれよ」
「…はい」
部屋に戻って、ベッドの隣にしゃがむ。月守くんの寝顔を見るために、指で月守くんの前髪を避ける。
「…可愛い」
葵さんから言われた言葉を思い出す。『基本的に寝てる時は並大抵の事じゃ起きん』。…本当なら。
そう思った私は、彼の頬を指で突っついてみる。
「…本当に起きない」
それから暫く、月守くんの頬を突いた後、静かにベッドに入って、月守くんに抱き着いて目を瞑る―――。
■
「…ん…?」
朝。お腹のあたりから重さを感じて目を覚ます。
右目だけを薄く開いて、状況をなんとなく把握しようとする。
「…あ、起きた?月守くん」
「…いや…どういう状況ですか」
俺が感じた重さは、俺の上に跨った白峰さんの体重だった。
「…?見て分からない?」
「いや、まあそうなんですけど…」
それでも困惑する。寝起きの回らない頭が理解を拒んでる。
「あ、そうだ。葵さんはもう仕事行ったよ」
「…分かりました。ありがとうございます」
朝食を食べ終えて、ソファに寝転がる。枕は白峰さんの膝。
プラスアルファ、頭も撫でられている。ますます状況が分からない。
「月守くん、撫で心地いいね」
「そうなんですか?」
「うん。とっても」
…なんか、嬉しいような嬉しくないような…。
「…ねえ月守くん」
「はい?」
「私達、付き合ってるんだよね?」
「そうですね」
「…じゃあ、キスとか………セッ―――」
「ストップ。分かりましたからそれ以上先は言わないでください」
…まあでも、いずれすることになるのかなぁ。
「…そういえば白峰さんって、俺のどこが好きなんですか?」
「分からない」
「…分からない?」
「うん。分からない。どんな所が好きで、どういう風に好きになったのかもわからない。産まれてきた時からずっと好きだった気もすれば、最近好きになった気もする」
「全部曖昧過ぎません?」
「だから分からないの。…でも、好きっていう気持ちだけは、はっきりと分かる。月守くんの隣にいたら、心臓が高鳴って、もっと触れたくなって、離れていってほしくなくて。…そんな感情が湧き出てくるから、嫌でもわかる」
「なるほど…」
「だから…」
撫でる手を止めて、俺の顔を覗き込む。そして、綺麗な笑みを浮かべて言う。
「…貴方が好き。理由は分からないけど。私は貴方を愛してる。…ずっと、ね?」
「…そうですか…」
…あぁクソ。
学生のうちくらい自由に恋愛くらいさせて欲しいのに、頭の中は母親と同じ感じがするってことで頭がいっぱいだ。
――――――――
作者's つぶやき:はい。まあ、なんというかまたバカップルができそうな予感がします。
響谷くんは白峰さんの事を結構好印象抱いているんですが、響谷くんの母親の二の舞になりそうで怖い。っていうものです。
結論から言うと、それはまあ当たっておりまして。自殺とまでは行かずともかなり病むと思います。
――――――――
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