Ep.12 -「…じゃあ、俺はどう答えたらいい?」-

「あ、私そろそろ帰らなきゃ」

 時刻は20時、結華が不意に時計を確認してそう呟く。

「あぁ、分かった。じゃあ俺送るよ」

「うん、ありがとう」

「おー、気を付けて行って来いよ」

「はいはい」


 玄関を出る。外は既に暗く、街灯がアスファルトの地面を照らしていた。

「ねえ、響谷くん」

「ん?どうしたの結華」

「その、時々、不安なんだ。私、本当に響谷くんに好かれているのかって」

 アスファルトの舗装路の上、結華の前髪が影を落とす表情。少し震えた声が、彼女が本当に不安なんだと感じさせる。

 結華は、前までの様な不安感とは違う何かを纏っていた。

「…じゃあ、俺はどう答えたらいい?」

「え?」

 その質問に、結華は顔を上げる。さっきまでとは違う、驚いたような表情。

「いや、だからさ。俺は人の心が読めるわけじゃないからさ、どんな言葉を掛けて、どう答えればいいのかなんてわからないんだよ。その時その時望むことなんて、本人にしか分からないんだからさ」

「…じゃあ、………って」

 結華の声はおおよそ聞き取れたが、一部が極端に音量が小さく、そこだけが聞き取れなかった。

「なんて?」

「お、襲って!」

「…はぇ?」

 自分でも驚くほどの素っ頓狂な声が零れる。それもそうだろう、だっていきなり夜中の道で恋人から『襲って』なんて言われたら大体こんな反応になる。

「…その、大丈夫か?」

 色々心配になってきた。

「…ご、ごめ、ん。ちょっと、その、取り乱して…」

「あ、あぁ…、うん」

 街灯が照らす、彼女の顔。

 耳まで、熟れたトマトの様に赤くなっていた。

「…まあ、とりあえず、家帰ろ?ここまだ道だから」

「あ、うん…」




 そんなこんなあったが、一先ず彼女を家の前まで送った。

「えっと、その…ごめんね」

「あぁ、うん、気にしてないから大丈夫」

「そう、なら…よかった」

 何も良くない気がするんだけど気のせいかな。


「じゃ、じゃあね響谷くん。また」

「うん、またね結華。おやすみ」

「うん、おやすみ」

 彼女が家の中に入ったことを確認して、俺は踵を返して自宅への帰路を辿る。『襲って』…ね。嫌じゃないが…俺だってまだまだ責任能力なんて無いからなあ。対策のやりようはあるんだろうが…。

「…まあ、その時考えれば…」

 良くない。その時ってそれはもう手遅れだ。

「…まあ、いいやもう」

 あんまり考えんとこ。


 ■


「…あぁ、もう…私のバカっ…!」

 バカ、バカ、ばかぁ!

 自室のベッドの上、一人で悶えている。


 私だって人間だ。欲求だって人並みにある。それはもちろん、性欲だって例外ではない。

 でも、タイミングとかもっと…。

 なのに、あんな道端で…。

「…嫌われてないかな…」

 大丈夫かな…。明日から露骨に避けられたり…。

 考えただけで吐き気がする。でも『気にしてない』って言ってた―――…それも気遣いで言った可能性だって…。

 ………嫌われてないことを、祈ろう。


 結局、最後は神頼み。

 それと同時に、私は自覚していないだけで彼の事を想像以上に好いていたのだと感じた。

 メッセージアプリを開いて、響谷くんに『おやすみ』とメッセージを送る。

 まだ21時。寝るには早すぎる。

 それでも、彼に嫌われているかもしれないという不安を振り払うために、今日はもう眠る。

 彼からの返信が届く。『おやすみ。…早くない?気のせい?生活リズム良いね』

「…ふふっ…」

 彼の返信に笑みを零したあと、ゆっくりと目を閉じて眠りに就く。


 ■


「…はぁ」

「どうした?なんかあったか?話なら聞くぞ」

「いや、別に何でもない」

「なんも無かったらため息なんかしないんだよ」

「葵に話すような事でもないってだけだ」

 …まあ、いいや。気にしてないって言ったんだし、気にしないでおこうっと。


「なあ響谷ぁー」

「どうした?」

「お前ってさー、私に―――」

「しない」

「先読み否定やめね?」

「やめない」

 どうせ『欲情したりしないのな』とか言うつもりだったんだろ。

「うへぇー、響谷って結構先読み力あるよな」

「葵の言動が単純すぎるだけでは?」

「おい傷付くぞ」

「はいはい。で、なんで急に?」

「いやぁ、そう言えば欲情しないなーって思っただけ。自分で言うのもなんだが結構私って美人だからさ」

「…まあ、否定はしないがなんかムカつく」

 葵はそれなりに美人だ。結構モテるらしい。

 …まあ、うん。欲情しかけたことは何回かあった。葵って実は結構色気とかもあるし。

「やろうと思えばそれなりに色気も出せるわけだろ?」

「まあそうだな」

「欲情しねえのが不思議だわ」

「自意識過剰なんじゃねえのか?」

「響谷、お前ってサディストなのか?」

「なわけ」

 いきなりどうした。

「いや、お前が人を罵って快楽を得るタイプなら好きなだけ罵れば良いさ…他の奴にはするなよ?」

「だからちげえって言ってんだろ」

「え?違うの?」

「違うよ」

「へぇー、そうなんだ」

 葵が少し残念そうにそう言う。

「なんでちょっと残念そうなんだよ」

「いやー、ちょっと見てみたいじゃん、生粋のサディスト」

「すまん、葵は俺には到底理解できない思考に到達してるみたいだわ」

「マジか」

「まあ、葵がマゾなら罵ってやらんこともない」

「なんだツンデレかお前」

「うっせぇ」


――――――――

作者's つぶやき:まあ、はい…。なんというか…うん。それはそうと、彼方くんに続き響谷くんもツンデレもどきかぁ…。私ツンデレ好きな自覚ないんですがね…。

もしかしたらツンデレの方が書きやすいのかもしれませんが、冰月さんや支那さんはどうにかツンデレにならぬようにしなければ…。

あ、冰月さんや支那さんに関してはこちらを↓

https://kakuyomu.jp/works/16818093081530528382

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