Ep.5 -「恋人なんていいものじゃない」-

一応不謹慎注意を入れておきます。

本当に一応、もしも、万が一の為に。







「…月守くん、休み?」

 教室の入り口付近で立ち止まってそう呟く。

 談笑に攫われたその声を受け止めてくれる人は居ない。

 自分の席について、本を読む。


 …昨日の事、かな。

 月守くんは大丈夫って言っていたけど…。




 談笑の声に包まれる教室で、一人本を読む。

 見えない壁で隔離されているように、周囲の話し声は聞こえないフリをする。

 周囲が、勝手に私を持ち上げて、高い理想を着せて、理想に反したら否定する。

 学校の教室は、人間社会の縮図だ。

 多かれ少なかれ、人は誰かに理想を着せているもの、先入観があるもの。価値観だって違うのに、それでも群れる。群れるから、価値観が同じだと勘違いする。だから押し付けて、いがみ合って、結局は仲間内でぶつかり合う。


 人同士が分かりあう事なんてできないから、規則がある。

 強制的に、表面上だけ分かりあうために、規則や、法律がある。

 多数決のこの世界で、大衆の言う正しいって、一体何なのだろう。




 …人と関わるのが、面倒だ。

 いつもそう感じていた。

 誰も彼も皆、『白峰さんならできる』と。

 世の中に完璧が存在するのなら、皆が皆、完璧だなんて言わない。


 うんざりしていた。私を完璧で居させようとする圧力に。

 無意識に、ナニカを押し殺して応えてしまっていた私に。

 両親も、結局は自慢がしたいだけ。自分の娘がすごいのだと、他所の家庭の子とは違うと、優越感に浸りたいだけ。


 …思えば彼は、私に完璧を求めていないように感じる。

 でも、それを好きの理由にするのは、何か違う。どこか違う。



「…はぁ」

 ずる休みしたな、学校。

「寝ても収まらなかったんだな」

「こうなったら俺は数日学校休む」

「まあ好きにしたらいいが…私は取り敢えず仕事行ってくるわ」

「おう…気を付けろよ。葵が死んだら俺は本当に精神崩壊するから」

「うへぇ、責任重大。ま、いってくるわ」

「うい」


 扉の開く音と足音の後に、扉が閉じる音がした。

 時計は16時を指していた。

「…あ~…どうしよ」

 …アニメでも見るかぁ…。

 確か結構溜まってたはず…。



「月守くん…大丈夫かな」

 家路を辿りながら彼の心配をする。

 ただのずる休みだと良いけれど…。




 家の鍵を開けて、玄関に足を踏み入れる。

「ただいま」

 靴を脱いでリビングへと向かう。

「おかえり結華」

 キッチンの方からお母さんのそんな声が聞こえる。

 そのまま自室に向かい、ベッドの横に鞄を置いて、洗面所に手を洗いに向かう。




 …今日一日、月守くんの事しか考えていない。

 …思考が彼で埋め尽くされるのは、嬉しいのだけど…今は心配の方が勝っている。

 大丈夫かな。



「…もう19時?…晩飯作るか…」

「おーっすただいま~」

「おぉ、おかえり葵。晩飯いる?」

「あぁうんいる。できればなるはやで頼む」

「はいはい、味見無しのいい加減な調理で作りますよ」

「響谷のいい加減な調理は意外と丁度良いんだよな」

「葵には及ばんけどな」

「嘘つけ、お前もう私よりも料理うめえだろ」

「それはお前が料理しなくなっただけだっつーの」

「おうじゃあ久しぶりに料理してやろうか?」

「頼むわ。今日は疲れた」

「おう了解。…っと、何が良い?」

「…冷蔵庫にある物で適当に…って…まあ…じゃあ肉じゃが」

「おう、気使ってくれてサンキュ。…ってか、肉じゃがはちょっと時間かかるぞ」

「別に構わん」

「ならちょっと待ってろな」

「うい」

 …なんか、懐かしいな。葵がキッチンに立って料理してるの。

「…んあ?どうした響谷、そんなに見つめて。欲情でもしたか?」

「顔面炙って良いか?」

「いちいち拷問みたいな事言うのやめろお前」

「…まあ、なんだ。懐かしいなぁって」

「…あぁ、お前が家事出来るようになってから任せっきりだったな。そういえば」

「葵は仕事あるから別に良いけど」

「…因みにだが、家事出来る男子はモテる…らしいぞ」

「そう」

「興味なさげだなお前」

「…まあな、恋人なんていいものじゃない」

「…一応言っておくが、全部が全部お前の親みたいになるってわけじゃねえぞ?」

「わーってるっての。万一そうなった場合に困るってだけだ」

「…正直、人が人をそこまで好きになるなんて稀だぞ?…ちなみに持論だが、寄り付くのは顔、継続するのは金だ」

「まあそんなこったろうな」

「人を判断するときに、初対面で性格なんてわかるもんじゃない。継続的に会えるのならまた話は違うだろうが、瞬間瞬間に出会っては離れていくこともある世界だ。高いアクセサリーみたいに優越感に浸れる相手の顔と、将来に困らない金があって、その後に良い性格だったら満点だろ」

「…いやに現実的だな」

「お前は夢、嫌いだろ」

「…嫌いなのは理想であって夢じゃない」

「そう。…いっ…!」

 唐突に葵がそう声を上げる。

「どうした?」

「指の皮切った」

「マジか」

 ソファから立ち上がって、傷口用の消毒液と綿、絆創膏を取り出す。

「…っ…~~~っ!!!」

 消毒液が沁みるのか、声にならない声を上げて悶絶している葵。手首をがっちりとホールドして動かせないようにしているので、気にせずに処置を続ける。


「ほい、これでできたぞ」

「…あぁ、サンキュ」


――――――――

作者's つぶやき:白峰さんと響谷くん、最近掛け合いが少ないですね。

それはそうと、なんというか、正直恋人をアクセサリーとしてしか見ていない人ってどの程度いるんでしょうかね。

少なくとも響谷母は違うようですが。

…響谷くんが『恋人なんていいものじゃない』って言ってるのはやっぱり響谷母の所為です。

――――――――

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