シーズン:1

Ep.1 -「おはよう、月守くん」-

 この高校には、所謂マドンナのような存在がいる。

「あ~あ~…彼女欲しいなぁ~…」

 そう言って俺の前の席で嘆いているのは、数少ない俺の友人の森谷もりたに和也かずやだ。

「お前は十二分にモテるだろ」

「いや違うんだよ、俺は追いかけられるよりも振り向かせたいの」

「なんだそれ」

「ま、お前も罪な男になればわかるさ」

「…はぁ」

 何言ってるかさっぱりわからん。


「つかさぁ、お前は欲しくないの?彼女とか」

「…彼女…恋人ねぇ………。今はいらないかなぁ…」

 そもそも恋愛したことないから分かんないし。

 そんな事を森谷と話していると、教室の扉が開き、そこから一人の女子生徒が入ってくる。

 その瞬間、周囲の生徒の談笑する声が一瞬ピタっと止む。数秒して、ヒソヒソ声が聞こえ始める。

『やっぱスタイル良いな…』『あんな恋人が欲しいぃっ!』などと言った声が聞こえてくる。


「お~お~、今日も相変わらずモテモテだなぁ。姫」

 白峰しらみね結華ゆいか。通称、姫。成績優秀、眉目秀麗…etc。彼女に対する誉め言葉を挙げれば枚挙に暇が無いほどで、彼女の性格の良さや成績の高さ、容姿の良さが窺い知れる。

「…だな」

 彼女は自身の席を通過し、俺の席へと向かってくる。俺の真横で立ち止まり―――。


「おはよう、月守つきもりくん」


 透き通る綺麗な声で俺に挨拶をしてくる。

「おはようございます。白峰さん」

 彼女からの挨拶にそう返すと、彼女は微笑んだ後に、いつもの無表情に戻って自分の席に座り、本を読み始める。

「…お前、本当にずりぃよな」

「何が?」

「あんなに可愛い姫に朝から微笑みかけてもらってさぁ、前世でどんだけ徳積んだんだよお前」

「知らん」

 そんなやり取りを森谷としていると、周囲の男子生徒から妬みというか、半ば殺意の混じった視線を向けられる。

「…お~お~、友人が朝から睨まれてら。まあそうだよな。姫、お前にしか笑わないもんな」

「…らしいね」

「…ったく、贅沢な奴だ。ほんとにお前はぁ~」

 そう言って、森谷は俺の頭を拳でぐりぐりとえぐるように動かす。

「痛い痛い痛い…やめろって」



「おはよう、月守つきもりくん」

 私が、そう月守くんに挨拶をする。友人との話を止めてしまって悪いけれど、彼は返してくれる。

「おはようございます。白峰さん」

 そう返されて、私は彼に向かって微笑んでから自身の席に戻る。

 鞄の中から本を取り出して、栞を挟んでいたページから読み進める。

 …今日もちゃんと笑えていたか不安だけど…。


 本を読みながら、視線を横にずらして彼を視界に入れる。優しい、柔らかい表情で前の席の友人と話しているようだ。

「…いいな、私もあんな風に…」

 そうポツリと呟いた私の声は教室内の談笑の声に攫われて消える。

 暫く本を読んでいると、チャイムと同時に先生が教室に入ってきてホームルームが始まる。本の最後に読んだページに栞を挟み、本を鞄に仕舞う。



 私が、彼にだけ笑う理由。それは―――。


 好きだから。


 それ以外に理由は無い。

 いざ、理由を言葉にしてみると、随分と短くなってしまうものだ。


 どうして好きになったか、どんなところが好きか、一目惚れなのか、段階を踏んで好きになったのか。

 全てわからない。ただ、好き。それだけ。


 体育の時間、グラウンドで50m走をする月守くんを、目で追いかけながらそんな事を考えていた。

 皆が、私を『姫』と呼ぶ。理由は容姿の所為だと思う。でも、彼だけは私を『白峰さん』と呼ぶ。

 心にぼんやりと浮かぶ、『好き』と言う気持ち。他の生徒には浮かばない、その気持ちが彼にだけ、浮かんでしまう。


 女子の番が始まる。出席番号の早い順から、2人ずつ走って、50m走のタイムを計測する。

「次、白峰と篠宮しのみや

 50m走のスタートラインに立って、ホイッスルの音と同時に走り出す。


 ゴールラインを踏み越して、ゆっくりと速度を落として止まる。

「白峰さん、記録…6秒03!?」



 体育の後、更衣をして教室に戻る。

 自分の席を通過して、彼の元へと向かい―――。


「お疲れ様、月守くん」


 そう言って、自販機で購入してきた水の入ったペットボトルを差し出す。

「ありがとうございます白峰さん。…でもなんで水まで?」

「水筒、水無くなってそうだったから」

「気付いてたんですか…。ありがとうございます」

 差し出したペットボトルを彼が受け取ってから、微笑んで自分の席に戻って、次の授業の準備を進める。


「ずりぃなお前、姫から水とねぎらいの言葉なんか貰ってさぁ」

「…まあ、あとでお礼でもしとこうか」

「そうしとけ」

 …別にお礼なんて求めてないけれど…彼がしてくれるのなら…。

 …ありがたく、受け取ろう。


「…でも、何したら喜んでくれるんだ?」

「…贅沢な悩みしやがって、コノヤロー」

 別に何でも良いけれど。…お礼を求めてやった行為ではないし。



 そうして迎えたお昼休み。私が何時もの様に、自身の机で弁当を食べようと鞄から弁当箱を取り出していると、彼から声を掛けられる。

「白峰さん」

「どうしたの、月守くん?」


「お昼、一緒に食べませんか?」


 さっき言っていた、お礼だろうか。彼は私にそんな提案をしてくる。

「えぇ、分かったわ」

 弁当箱とお箸を持って、彼の席の右隣の席を借りて座る。机を移動させて、彼の机とくっつけて、お弁当を広げた。


――――――――

作者's つぶやき:彼方くんではございません。月守つきもり響谷ひびやくんです。全くの別人です。

それと、姫…白峰さんですね。白峰さんは、少なくとも響谷くんに好印象…というか好意を抱いている様子。でも、伶衣さんみたいにゾッコンではなさそうですね。…多分、きっと、恐らく。

――――――――

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