第29話 誘拐事件のその後



 アイナは病院で治療を受けたら、治癒魔法ですぐに治る程度の傷だった。


 顔にわかりやすく傷を負っていたから、私はキレてしまったんだけど、跡に残らないならよかったわ。


 それで一応病院に一日泊まったので、私がお見舞いを持って行った。


「ミランダちゃん、お見舞いありがとう! わぁ、美味しそうなフルーツ!」

「アイナ、大丈夫? お腹を蹴られたって聞いたけど」

「ふぁいじょうぶ、もうぜんぜんいふぁくないから!」

「うん、フルーツを頬張れるくらい元気ならよかったわ」


 打たれ強いのはわかっていたけど、本当に大丈夫そうでよかった。

 お腹を蹴られたから、何も食べられないと思っていたけど。


「助けに来てくれてありがとうね、ミランダちゃん。来てくれた時は超カッコよかった!」

「いえ、少し遅くなったわ。もっと早く気づいて、場所を特定して行ければよかったんだけど」


 あのクズのクラウスが無駄に高価な魔道具を使っていたから、探すのに少し時間がかった。


 まあ私は特に何もせず、ルカ様に任せていたんだけど。

 ルカ様は精霊の守り人の方達に指示をして、いろんな場所を調べてくれた。


 私が最初からルカ様に頼れば、もう少し早めにあの倉庫が見つかっただろう。


 あの倉庫は見つけにくかったようだけど、犯人がおそらくクラウスだということもあって、カポネ伯爵家が持っている屋敷や倉庫などを中心に調べたから、結構早めに見つかった。


 それでルカ様から「あそこの倉庫が並んでいる区画が怪しい」と言われて、私は高速で飛んで現場に直行。


 倉庫がいくつも並ぶ場所に着いたら、一つの倉庫だけが中を魔力感知できなかった。


 ここまでくると、その倉庫が怪しすぎたから……怒りと焦りに任せて、倉庫の壁を破壊して入ったのだ。


 あとのことは……いろんな意味で思い出したくない。


「私が眠っちゃった後、どうなったの? やっぱりミランダちゃんが全員倒しちゃったの?」

「あー……まあそうね。そうなるわね」

「ん? なんか違うの?」

「いや、一応私が倒したわ」


 魔力を暴走させてしまって、その余波で倒しただけなので、私が倒したという実感はあまりないけど。


 犯人の何人かは結構な怪我をしてしまったようで……まあ死ななかっただけマシでしょ。


 主犯だったクラウスは治療を軽く受けてから、もうすでに牢屋に入っているらしい。


 牢屋ではいまだに「僕はカポネ伯爵家の次期当主だぞ!」と言っているようだが……まあ次期当主の座を剥奪されるのも時間の問題だろう。


 カポネ伯爵家はクラウス以外に男児はいるし、犯罪をして精霊の守り人に捕まった彼を当主にすることはないはず。


 精霊魔法学校で上級クラスから落ちただけで、人を誘拐するような器が小さい男だし。


 まああんなのを次期当主にしていたら、カポネ伯爵家も落ちぶれていたから、早めに見切りをつけられてよかったでしょうね。


 あっ、そういえば、オレリアとの婚約はどうするんだろう?

 おそらく、というか間違いなく、クラウスとオレリアの婚約はなくなる。


 でもあれはモンテス家とカポネ家が繋がるために婚約したものだ。


 だから婚約を破棄されて困るのは、モンテス家のほうね。


 もしかしたら、オレリアはカポネ家の次男とかと婚約をするのかもしれない。


「じゃあ、私は行くわね。怪我も治って明日には退院できるだろうし、また学校でね」

「うん。またね、ミランダちゃん!」


 元気そうなアイナと別れて、私は病院を出て家へと帰った。



◇ ◇ ◇



 牢屋で、クラウスは一人でぶつぶつと呟いていた。


「なぜ僕が捕まって牢屋に入っているんだ……入るならあの平民だろう……あいつのせいで、あいつがいたから……」


 要領を得ないことを言っているので、牢屋の前で監視をしている人間は彼の言葉を耳に入れないようにしていた。


 早く次の見張りに代わりたいと思っていた監視員だが、目の前から来た人物に驚く。


「ル、ルカンディ総司令! お疲れ様です!」

「ああ、ご苦労。あと一時間ほどだと思うが、交代まで頑張ってくれ」

「は、はい!」


 総司令にそう言われた監視官はさっきまで欠伸をしていたが、ビシッと敬礼をして姿勢を正した。


 監視官は精霊の守り人ではないが、総司令のルカンディを知らない者はこの王都にいない。

 それだけの人がやってきたのだから、気合が入るのは無理もない。


 その総司令のルカンディは、牢屋でぶつぶつと呟いているクラウスに用があった。


「クラウス・カポネ」

「っ……ルカンディ、様」


 クラウスは虚ろな目で膝を抱えて座っていたが、ルカンディが来たのを見て目に光が宿る。


「ルカンディ様、助けてください! 僕は全部騙されて……!」

「黙って色。お前の罪状は、誘拐罪と暴行罪、さらには殺人未遂だ」

「それは全部、唆されて……!」

「言い訳を聞く気はない。それに貴様が有罪かどうかは私が判断するのではなく法廷で決まる」

「そんな……!」

「ただ俺は軽い伝言を伝えるだけだ。貴様の父上、カポネ伯爵からな」

「っ、父上から?」

「『お前を後継者から降ろす。今回の事件についても手助けはしない。家に居場所はないと思え』とのことだ」

「っ、まさか、嘘だ……!」


 ルカンディの伝言に、絶望の表情を浮かべるクラウス。


 どうせ家の力でこの件は揉み消せる、牢屋からすぐに出られると考えていた。

 その当てが外れ、しかも後継者からも降ろされた。


 もう次期当主にはなれず、カポネ家にも戻れない。


「それだけだ。せいぜい自分の罪を悔やめ」

「た、助けてください、ルカンディ様! 僕は、こんなところで終わるような人間じゃ……!」

「黙っていろ」


 ルカンディが軽く殺気を出して言うと、クラウスは「ひっ」と声を上げて怖気づく。


「俺が貴様に悪感情を持っていないとでも? 貴様は俺の大事な妻の親友を傷つけているんだ」

「っ……」

「俺の助けを乞うとは、最後まで馬鹿で図々しいやつだな」


 怒りと憐れみの目で睨んでから、ルカンディはその場を離れた。

 牢屋にはもう目に生気がなく、ただまたぶつぶつと呟く罪人がいるだけだった――。



「――下手な真似をして、クラウスのやつ……!」


 同じ頃、オレリア・モンテスは家の自室で唇を噛んでいた。


 オレリアにとってクラウスは婚約者だったが、ただの自分の手下だと思っていた。

 自分が頼めば何でも言うことを聞く手下のようなものだ。


 しかし手下が勝手なことをして、自分の手元から離れていった。


「誘拐とかするなら、絶対に証拠を掴ませずに捕まらないようにしなさいよ!」


 まだ使い道があった道具が、意図せずに壊れた気分だった。


 今は姉のミランダが邪魔になっているので、それを陥れるためにもまだクラウスの力が必要だと思っていた。


 あれでもカポネ伯爵家の次期当主だから、いろいろと使い道があったのに。

 もうすでに捕まってしまい、カポネ伯爵家の次期当主から外れている。


 次期当主はクラウスの弟二人のどちらか。


 オレリアはすでにクラウスとの婚約は破棄されており、次に婚約をするとしたらその二人のどちらかだ。


 どちらにしても、まだ十二歳にも満たしていない子ども。


 精霊と契約しているのかもわからない子どもだから、オレリアが今すぐほしい地位や権力を手にすることはできない。


 カポネ伯爵家の次期当主と婚約していたことが、オレリアの価値を上げるものだったのに。


「学校でずっとトップの成績だったのに、それもミランダに……!」


 クラス分け試験の結果は出ていないが、もうわかっている。


 ミランダに負けていることが。

 あれほどの差を見せられて、負けていないはずがない。


 おそらくクラス分けの試験なので順位が発表されるわけじゃないと思うが、ミランダを見ていた先生や生徒なら誰でもわかる。


 あれが精霊王の力なのだと。

 最上級精霊の比じゃない、と。


 いや、オレリアだけが感じ取っているかもしれない。


 あれは精霊王の力を持っているだけじゃ、絶対にあそこまでには至らない。

 ミランダが精霊魔法の才能を持っているから、あれほどまでいけるのだ。


 それを心の中で認めてから、さらにミランダに対しての憎しみが増えた気がする。


 オレリアが最上級精霊と契約し、精霊魔法学校でトップの成績を維持し続けていた時に、ミランダは何を思っていたのか。


 滑稽に思っていたのか、それとも何とも思っていなかったのか。


 どちらにしても腹立たしい。


 ミランダに絶対に仕返しをしないと、腹の虫が収まらない。


 でも今は何も仕返しが思いつかない。


「見てなさい、ミランダ……絶対に、吠え面かかせてやるんだから……!」


 そう言ったオレリアの背後に――黒い靄が揺らめいた。


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