第3話 ルカンディ様の訪問



 そして、翌日。


 私は朝食をいつも一人で食べている。

 両親と妹のオレリアは一緒に家族で食べているようだ。


 そう、私は家族じゃないから、一人部屋で食べている。


 まあもう慣れたし、いまさら両親とオレリアと食べたいとは思わないけど。


「今日の授業は実技か……嫌いなのよね」

「嫌いって、私がいるのに?」

「シルフは力が強すぎるから、抑えるのが大変なのよ」

「ふふっ、だって精霊王だしね」

「褒めてないわよ」


 力がありすぎるというのも悩みどころだ。

 昨日みたいにバレる可能性が上がるし、抑えるのにも苦労する。


 そんなことを考えながら朝食を食べて、制服に着替えて学校に行く準備をする。


 準備を終えて玄関に向かうと、オレリアが両親に見送られているところだった。


「あら、お姉様。お姉様もちょうど学校に行くところかしら」

「ええ、そうよ」

「ふふっ、お姉様みたいな無能が学校に行っても意味がないって言うのにね」


 ここは学校ではなく家なので、良い子ぶる必要がない。

 だから普通に私のことを罵ってくる。


「本当にその通りだな。いっそのこと精霊魔法を使えないほうが、学校に通わす必要もなかったからよかったかもしれんな」

「ええ、本当にそうよ。出涸らしの姐に比べて、オレリアは本当に素晴らしいわ」

「ありがとう、お母様。まあお姉様と比べたら当然だけどね」

「ああ、お前なら王都の精霊の守り人になれるだろう」

「ええ、もちろんよ。オレリアはモンテス家の誇りよ」


 面倒な絡み方をされてしまっている……。

 両親は出涸らしの私のことを嫌っていて、罵倒の言葉は当たり前。


 オレリアも一緒になって嘲笑している。


『こいつらは朝から元気ね。吹っ飛ばしてやろうかしら』

(シルフ、絶対にやめてね)


 シルフは両親とオレリアのことは嫌っている。

 私が十三歳の頃から契約していて、家族が契約者の私を馬鹿にし続けているから。


『わかっているわ。だけどミランダがこの家を出たら、この家ごと吹き飛ばしてやるわ』

(……バレないようにしてね)


 シルフと心の中でそう会話をしながら、私は両親とオレリアのやり取りを無視して家を出た。


 後ろから「待て、この出涸らしが……!」という鬱陶しい声が聞こえてきたけど。

 でも、すぐにその声が全く耳に入らなくなる。


 家の前に、何やら豪華な馬車が停まっていたから。


 えっ、これって?


 オレリアを送る馬車は、もっと質素な馬車だ。

 モンテス家は伯爵家だけど貧乏で、だからこそオレリアに期待しているのだ。


 オレリアのお陰で多少はモンテス家は立ち直したらしいけど、ここまでの馬車を用意できるほどの財力はまだないはず。


 じゃあ今、目の前にあるこの馬車は何?


 ……なんかすごい嫌な予感がするけど。


「なっ、なんだこれは?」

「馬車のあの紋章は、マクシミリアン公爵家の!?」

「マクシミリアン家といえば、ルカンディ様の……!」


 後ろから来た両親とオレリアが、馬車について説明してくれた。

 やはり、マクシミリアン公爵家の紋章だったのね。


 ということは……。


「久しぶりだな」


 馬車の中から、ルカンディ様が昨日と同じように無表情で出てきた。


 なんで私がモンテス家だとバレたの?

 いや、ルカンディ様なら精霊魔法学校に行って調べたらすぐにわかるか。


 じゃあここに来た理由は……。


「ル、ルカンディ様!」

「精霊の守り人の総司令様が、モンテス家に……!」

「オレリアがルカンディ様の目に留まったということか……!」


 後ろで両親がはしゃいでいる。

 そしていつの間にかオレリアが私の前に出て、綺麗なお辞儀をした。


「ルカンディ様。私、オレリア・モンテスです。モンテス家にお越しいただき、ありがとうございます」

「オレリア嬢か。あなたも精霊魔法学校の生徒だったみたいようだな」

「私も……? はい、もちろんそうです」


 オレリアは一瞬だけ首を傾げたようだが、いつもの作られた笑みで接している。


 うん、そうだよね。オレリアに用があるんだよね。

 彼女は精霊魔法学校でも最上級クラスにずっと在籍できるほどの才能を持っているんだ。


 だからモンテス家に来たんだよね、うん。


 さて、私には用がないということだし、学校に行かないと。遅刻しちゃうわ。


「本日はモンテス家に、私に何かご用でしょうか?」

「いや、あなたに用があってきたわけじゃない」

「では、何のご用で?」

「そこの……逃げようとしている、ミランダ嬢に用があってな」

「えっ」


 ルカンディ様の言葉で、去ろうとしている私の背中に全員の視線が刺さっていることを感じた。


 くっ、昨日みたいに逃げることはもうできなさそうだ。

 私はため息を軽くついてから、振り返ってお辞儀をする。


「ルカンディ様。私に何かご用でしょうか?」

「お前に用があると知っておきながら逃げようとしただろ?」

「さあ、何のことでしょうか」

「お前は肝が据わっているようだな。面白い」


 ルカンディ様は私に近づきながら、軽く口角を上げてそう言った。

 笑顔を見せたことはないと噂されていたけど、軽く口角を上げるくらいなら意外とするのね。


 でも昨日見られたことは夢で、今日来たのはオレリアに用があると思いたかった。


「まさかミランダがルカンディ様に不敬を働いたのでしょうか!? なんてことを……!」

「すみません、ルカンディ様! 私達、モンテス男爵家はルカンディ様に礼儀を持っていますが、その出涸らしは見ての通り落ちこぼれで……!」

「ミランダは差し出しますので、どうかモンテス男爵家にはご容赦を……!」


 何か勘違いをした両親が、焦ったような表情で保身に走り出した。


 そして当然のように捨てられる私、まあ知っていたけど。


「……ふむ、これがモンテス家の普通なのか?」


 近くに来たルカンディ様が、小さな声で私に問いかけてくる。


「多少調べてきたから、お前が不当に扱われていることは知っていたが。まさかここまでとはな」

「ご不快に思われたのならすみません」

「いや、ミランダが謝る必要はない」


 ルカンディ様はスッと冷めた表情をして両親を見る。

 無表情に近いんだけど、少し怖い雰囲気が出ている気がする。


「ミランダ嬢は何もしていない。むしろ俺から無理を言って話しかけようとしているから、不敬なことをしているのはこちらのほうだ」

「そ、そうですか! それならよかったです」

「ミランダに用があるなら、どうぞご自由に! 煮るなり焼くなり好きにしてください」

「……そうか」


 私の両親の媚びている様子に、ルカンディ様は不快そうに眉を顰める。

 両親から視線を外して、私に声をかけてくる。


「ではミランダ嬢、これから学校だろう? 馬車で送るから、中で話そうじゃないか」

「拒否権はありますか?」

「あるが、お前が内緒にしていることを言ってもいいのかな?」

「ルカンディ様の誘いを断る令嬢などいませんよ。行きましょうか」

「賢明な判断だ」


 ルカンディ様はそう言って私に手を差し出してくれた。

 私は失礼がないようにその手を取って、一緒に馬車内に入り込む。


 その時に、オレリアの顔がチラッと目に入った。


 いつもは余裕そうな笑みを浮かべて、私を見下しているような表情を向けてくるオレリア。

 でも今は悔しそうな顔をしていて、私のことを鋭い視線で睨んできている。


 うわぁ、またあとで何か言われそうね。


 まあ特に何か言われたところで、どうも思わないけど。

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