第4話 精霊王バレる



 ルカンディ様と馬車に乗り込み、馬車が学校に向かって動き出した。

 対面に座っているルカンディ様は無愛想な表情のままで、私もあまりいい気分とは言えなかった。


 オレリアのあの表情を見られた時は面白かったけど。


「朝早くすまないな。俺も忙しく、朝しか時間が取れなかったんだ」

「いえ、大丈夫です、それで、ルカンディ様。私に何かご用でしょうか?」

「もちろん察しの通り、昨日のことだが」


 でしょうね、それ以外にむしろありえない。

 今から誤魔化す……ことはできないわよね。


「お前のことはいろいろと調べよ。ミランダ・モンテス。モンテス男爵家の長女で十八歳。十三歳の時に下級精霊と契約したと報告をして、十五歳から王都の精霊魔法学校で下級クラスに通う」

「結構調べましたね」

「それ以外にもミランダがあの家でどんな扱いを受けているのか、学校でもどんな噂が流れているのかも知っている」


 少し鋭い雰囲気になったルカンディ様。

 私の境遇を不憫に思って、怒ってくださっているのだろうか?


 精霊の守り人の総司令ともなる人は、とても優しいのね。


「別に学校でのことや家でのことは問題ありません。私が望んでそうしていますので」

「なんでそうしているんだ? 最高の精霊と契約していることを話せば、学校でも家でも蔑まれることはないというのに」

「目立ちたくないんですよ」


 私が精霊王と契約していると知られれば、とても面倒なことになるだろう。


 今に満足しているわけじゃないが、不満も特にない。


 あと数カ月待って卒業をすれば、家族とも離れられるだろう。


 だから、今目立つのは嫌なのだ。


「目立ちたくないので、精霊の守り人の総司令と話したり、一緒に馬車に乗ったりはしたくないんですよ」

「ふっ、お前は面白い。俺に嫌味を言う令嬢がいるとは」

「笑わせようと思ってないのですが」

「だから面白いわけだが」


 何が面白いのかよくわからない。

 それにいきなり口角を上げて笑わないでほしい、ドキッとするから。


 顔が良い自覚をもって。


 あとむしろ失礼なことを言っているのだから、怒るべきでは?


「ただ、すまないな。目立ちたくないという願いは、叶えられそうにないだろう」

「……もうなんとなく覚悟はしていましたよ」

「ああ。お前はは精霊隠しをしていたからな」


 精霊隠し。契約している精霊の位階などを虚偽に報告する犯罪だ。


 本当は精霊と契約していないのに、契約したと言うのも精霊隠しの犯罪となる。

 普通は「上級クラスと契約した」と言った報告をしたのに、本当は下級クラスだったという場合が多い。


 私の場合は精霊王と契約していて、それを下級クラスだと報告したという真逆なものだけど。


 どちらにしても、精霊隠しなのは間違いない。


「それで、私はどうなるのですか?」

「意外と落ち着いているみたいだな」

「昨日、ルカンディ様に見られてから覚悟していましたから」

「肝が据わっているようでなによりだ」


 ルカンディ様は一つ頷いた。


「精霊隠しの罪は特に重いものではない。なぜならすぐに気づかれることが多いからだ」

「ですよね」


 契約していないのに「契約した」という嘘は、精霊魔法が使えないのですぐにバレる。


 上位の位階の精霊と契約したという嘘は、精霊魔法がどれくらい扱えるのか、強いのかですぐにバレる。


 簡単にバレる嘘だし、精霊隠しの罪を犯す人はそうそういない。

 私の場合、下位の位階の精霊と契約したという嘘はバレなかったけど、まずそんな嘘をつく人がいないのだ。


 メリットがまるでなく、自分の力を下に報告するというデメリットしかないから。


 だから精霊隠しというのはそこまで重い罪ではない……はず。


「でもお前は十三歳から隠しているから、五年間は精霊隠しを続けたということになる」

「……はい」

「本当に十三歳から契約したのか? 一般的には十二歳だと思うんだが」

「信じてもらえないかもしれないですが、本当に十三歳からですよ。十二歳から契約していたら……多分、精霊隠しなんてやっていません」


 十二歳の時はまだ、両親とオレリアとはいい関係を築けていたから。

 その時に精霊王と契約したのなら、普通に教えて両親には喜ばれていただろう。


 今思うと、十三歳の時に契約できてよかったと思える。


 娘を成り上がるための道具にしか思っていないような両親を喜ばせたいと、全く思わないから。


「……そうか。まあそれは信じる」


 ルカンディ様は私の様子を見て納得してくれたようだ。


「だが、精霊隠しをしていた期間が五年というのは過去最長だ。どんな罰が下されるのかは、俺次第だな」

「ルカンディ様次第なんですか?」

「ああ。まだ誰にも言っていないしな」

「そうなんですか?」

「ミランダのことは俺が昨日、忙しい中を縫って一人で調べたんだ」


 まさか精霊の守り人の総司令に個人的に調べられるとは……。

 なんで私のことをそんなに気になっているのだろう?


 ただの精霊隠しをしていた犯罪者、というだけなのに。


「なんでそんな熱心に調べていただけたのですか?」

「そりゃ調べるだろ。俺以外の精霊王との契約者だぞ」

「……えっ」

「んっ?」

「え、えっ……な、なんで私が精霊王と契約したと?」


 私は精霊王と契約したとは言っていない。

 下級精霊が嘘ということはバレたけど、上級精霊や最上級精霊と契約したと思われていたはず。


 実際、昨日のルカンディ様は、


『君が契約しているのは最低でも上級精霊、最上級精霊でもおかしくないはずだ』


 と言っていた。


 どこで私が精霊王と契約したとバレた?


「昨日、俺から逃げたじゃないか。精霊王と契約している俺から逃げおおせたんだぞ」

「そ、それは別に最上級精霊でも……」

「いや、例え風の最上級精霊と契約していても、俺からは逃げられない。これは何回も試しているから、わかっていることだ」

「え、えっと……ルカンディ様が本調子じゃなかっただけでは?」

「ふっ、昨日は追いかける時に結構本気出したんだぞ。だから追いつけなくてショックだったな。王都で守り人をしていて、王都の路地裏なんて知り尽くしていたというのに」


 まさかそんな本気で追いかけられているとは思っていなかった。

 なんで精霊の守り人の総司令というお方が、私なんかを本気で追いかけたのか。


 意外と負けず嫌いなのだろうか。


「俺から逃げられたということ、それだけで精霊王と契約しているとわかる」

「で、でも……」

「それに、俺の契約している精霊王に聞いたから。だよな、ディーネ」

『――その通りですわ』


 ルカンディ様の言葉に反応して、彼の隣に人型の精霊が現れた。

 青色の長い髪で、大人っぽい綺麗な女性の姿をしている。


 この方がルカンディ様が契約している水の精霊王、ウンディーネ。


「昨日の風精霊魔法の香り。確実にシルフでしたわ」

「シルフってのは、精霊王のシルフで間違いないんだな?」

「ええ、もちろん。悪戯っぽくて子供っぽい精霊王のシルフですわ」

『――誰が子供っぽいって?』

「あっ、こら……!」


 私が止める前に、隣にシルフが出てきてしまった。

 シルフは緑の髪を揺らしながら、ウンディーネ様に顔を近づける。


「私が子供っぽいって? 私ほど大人な精霊王はいないわよ」

「一番子供っぽいの間違いですわ」

「ディーネこそ、一番あなたが変よ。時代によって話し方とか全然変わるし、いつも猫被りすぎよ」

「今はルカと契約しているから、それにあった話し方をしているだけですわ」

「いつもみたいに男口調でガサツに喋ればいいじゃない」

「ふふっ、そんな精霊王はサラマンダーくらいですわ」

「あれはガサツとかを超えて馬鹿なだけよ」


 よくわからないけど、精霊王のウンディーネ様とシルフだから仲が良いのだろうか。

 私が契約してからは会ったことないはずなんだけど、旧知の仲といった感じだ。


 まあそれはどうでもいい。


 問題なのは……。


「やはり、精霊王と契約しているじゃないか」


 ルカンディ様に、精霊王のシルフと契約していることがバレたことだ。

 もう、シルフの馬鹿……!


「さて、もう言い逃れはできない。最上級精霊では人の形は作れないし、もう精霊王シルフ様が自身で精霊王と名乗っている。ディーネとも仲良いみたいだしな」

「くっ……」


 もう何も弁解の余地がない。

 私の平穏な生活は終わってしまうのね……。


 平穏だったかどうかはわからないけど、これから始まる獄中生活よりかはマシだったはずだ。


「どうか牢屋にぶち込むとしても、美味しい食事だけは……!」

「いや、牢屋にぶち込まないが」

「えっ、そうなんですか?」

「精霊王と契約している精霊使いを牢屋に入れるわけないだろ。犯罪をしたわけでもないのに」

「精霊隠しは犯罪なのでは?」

「とても軽い犯罪だ。前科もつかない、罰金も数万円程度。お前は隠してきた期間が長いから、もう少し罰金はつくかもしれないが」

「うっ……全くお金持ってないので、勘弁してほしいです……」

「貧乏な伯爵家だと聞いているが、そこまで払えないわけじゃないだろ?」

「モンテス家が私に使ってくれるお金なんて皆無ですから」


 最低限の衣食住を保証してくれるだけで、私用でお金を使わせてもらったことは一度もない。


 だから私が犯罪をして罰金を払うなんてなったら、なんて言われるか。

 絶対に面倒なことになるだろう。


「……なるほど」


 私の言葉を聞いて、ルカンディ様がまた冷たい表情になって頷いた。

 彼はほとんどが無表情で、今も表情は変わっていないんだけど時々怖い雰囲気になるわね。


 でもそれが私に向いているわけじゃなさそうだから、今のところ問題はない。


「まあ、大丈夫だ。お前が罰金を払うことはないから」

「でも精霊隠しをしていたから、罰金は確定なのでは?」

「それは俺が報告したらな。今のところ、報告するつもりはない」

「えっ、そうなんですか?」

「ああ」


 そう言って、軽く口角を上げたルカンディ様。

 とてもありがたい話だけど、何か裏を感じる。


「何を、企んでいるのですか?」

「企んでいるなんてひどい話だ。俺はミランダを庇おうとしているのに」

「残念ながら、そんな好意を対価なしで受け取るほどのことをルカンディ様にしていないので」

「ふっ、そうだな。話が早くて助かる。お前には、あることをやってもらおうと思っている」


 精霊の守り人の総司令、精霊王と契約しているルカンディ様。

 そんな彼に精霊隠しを報告してもらわない代わりに、何をやればいいのだろう。


 どんな対価を払えばいいのか。


「あること、とは?」


「俺と結婚してほしい」


「……はい?」

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