第5話 厳しい結婚条件
「俺と結婚してほしい」
「……はい?」
ルカンディ様と、結婚?
誰が? 私が?
……えっ、どういうこと?
「ふざけてます?」
「本気も本気だ。ミランダには、ルカンディ・マクシミリアンの妻となってほしいんだ」
「……とてもベタな質問ですが、どうしてですか?」
「ああ、当然浮かんでくる疑問だな」
ルカンディ様はずっと無表情なんだけど、なんだか話し方が悪戯をしているみたいな感じで、意外に喋ることが好きなのかもしれない。
冷酷で非情で誰とも話さないという噂もあったけど、噂は噂のようね。
「一番の理由は、お前が精霊王と契約しているからだ」
「なぜ私が精霊王と契約していると、あなたと結婚するのですか?」
「俺の年齢は知っているか?」
「全く存じ上げませんね」
「ふむ……俺は社交界とかで結構話題になるほうだと思っていたが」
「そうなんですね、興味なかったので」
私はすぐにモンテス男爵家から出て行くつもりだったから、社交界なんて関わることが無くなると思っていた。
だから社交界の噂とかは全く知らないし、興味がなかった。
「俺は今年二十五歳。そろそろマクシミリアン公爵家の当主になるところなんだが、まだ婚約者がいないんのだ」
「婚約者がいないと当主にはなれないのですか?」
「なれなくはないが、周りが面倒でな。多くの者から『婚約者はまだか』『うちの娘はどうだ』とか言われる。薬を盛ってきて、既成事実を作ろうとしてきたこともあったな」
「精霊の守り人の総司令も大変なんですね」
「大変なことは多いが、普通はもう少し楽なはずなんだがな」
全く夢がない話を聞いた気がする。
でも女性には困っていないようだし、婚約者なんて選び放題みたいだけど。
「それなら早く婚約者を適当に選べばいいんじゃないですか?」
「それがそうもいかない。俺は精霊王と契約しているからな」
「なんで精霊王と契約していたら、そんな簡単に婚約できないのですか?」
「……ミランダは本当に何も知らないんだな。そっちの精霊王から聞いていないのか?」
「シルフから?」
私が隣で浮遊しているシルフを見ると、彼女は首を傾げていた。
「精霊王と契約したからといって、結婚できない理由なんて別にないわよ」
「そうよね?」
「ただ、精霊と契約していない人だったり、私よりも弱すぎる精霊と契約していたり、相性が悪い精霊と契約していたらダメね」
「……えっ?」
シルフが当然かのように言った条件。
なんか、めちゃくちゃ厳しくなかった?
「う、嘘でしょ、シルフ」
「本当よ。そんな相手と結婚しようもんなら絶対に認めないし邪魔するし、最悪は契約解除よ」
「えぇ……」
まさか精霊王と契約している人は、結婚にそんな厳しい条件があったなんて。
結婚なんて全く考えていなかったし、家から出ることしか考えていなかったからシルフに結婚の条件なんて聞いたことなかった。
でも私もいつか家から出て自由になってから、好きな人と結婚したいという想いはあった。
だけど、シルフが言った条件に合う人なんてほとんどいないだろう。
「それって上級精霊が最低、ってこと?」
「いえ、最上級精霊ね。それと炎の精霊も嫌ね、暑苦しいから」
「えぇ……」
最上級精霊と契約している人なんて、そうそういない。
精霊魔法学校の私の学年では、オレリアくらいしかいないのだ。
王都の精霊の守り人でも十人いるかどうかだ。
私は今後、王都を出て地方の精霊の守り人になろうと思っていたんだけど。
そんなところに最上級精霊と契約している人がいるわけがない。
つまり、私はこのままだと結婚できないということだ。
「俺のディーネも同じことを言っていてな。しかもその条件を満たしいていても、話が合わないとかつまらないで却下されることもある」
「もちろん。精霊王の私と契約したルカと結婚するんだから、最低限の条件は満たしてくれないと困りますわ」
「ということで、俺が結婚できない理由はわかったか?」
「はい……私も結婚できなそうですが」
「ああ、お前にもそれが伝わってよかった」
また口角を上げてニヤッと笑ったルカンディ様。
彼もいろいろと苦労しているのが伝わってきた。
「ちなみに最上級精霊までは精霊の意思は人間に伝わらないから、結婚相手の条件なんて全くない。精霊王だけみたいだな」
「あっ、炎の精霊王のサラマンダーは結婚の条件じゃなくて、友人相手の条件とか押し付けてくるわよ。あいつは熱くて面倒だから、結婚相手よりも友人相手らしいわ」
「それはそれで嫌ね……というかシルフ、無理な条件を押し付けている自覚はあるのね」
「……別にそんな無理難題じゃないでしょ」
シルフは気まずそうに眼を逸らしながら言った。
いや、結構な無理難題だと思うけど……。
「それで、俺が結婚できない理由が伝わったと思うが、これで俺がお前と結婚できる理由もわかったか?」
「……そちらの精霊王の条件が、私と合ったんですか?」
「その通りだ」
そうじゃないと私に結婚の申し込みをしてこないでしょ。
彼と契約している精霊王、ウンディーネ様を見る。
彼女も私のことを見ていたようで、一つ頷いた。
「ルカと並ぶにはまだ美しさは足りないですが、容姿は申し分ないですわ。それになんといっても、シルフと契約していることが信頼できますわ。シルフは嫌な人間とは契約しませんし」
「そりゃそうでしょ。私もディーネと契約している人だったら、問題ないと思うわ」
「それはよかった。ディーネが良いと言っても、シルフ様がダメだと言われたらどうしようもなかったからな。よろしく頼む、シルフ様」
「ええ、よろしく。ルカンディ……名前が長いから、私もルカって呼ぶわよ」
「構わない」
「ちょっと待って、なんでもう結婚が決まったみたいな感じなの?」
もうルカンディ様と私が結婚が決まっていて、あとは精霊王のシルフとウンディーネが許可をもらうだけ、みたいな感じだったけど。
私はルカンディ様と結婚することを全く了承していない。
「ミランダも俺のことをルカって呼びたいと? 仕方ない、結婚するから特別だぞ」
「いえ、そうは言っていません」
「私のこともディーネでいいですわ」
「いえ、呼び方じゃないですから。なんで私がルカ様と結婚することは確定なんですか?」
「すぐに俺のことをルカって呼ぶんだな」
「私も長いなぁ、って思ってたので。許可も得ましたし」
「ふっ、そういうところは嫌いじゃないぞ」
私はルカ様の余裕そうな笑みはちょっと嫌いになってきたけど。
顔が良いから嫌いになりきれないのがズルい。
「俺と結婚するのは嫌なのか? これでも社交界で『結婚したい男性ランキング』に五年連続一位になっているんだがな」
「社交界ってそんな俗なランキングがあるんですね。でも私はそんなランキングに投票した覚えはないですし」
「ふっ、手厳しいな。だが、ミランダは俺と結婚しないと犯罪者になるぞ」
「前科もつかない軽犯罪ならいいのでは? 面倒なことになるよりかは全然いいです」
「面倒なことって?」
「私が精霊王と契約しているってバレて、両親や妹、周りから余計な妬みやちょっかいを受けたり……」
「それ、今も受けてないか?」
「……確かにそうですが」
今も鬱陶しい絡みは多いけど、精霊王がバレたらもっと面倒なことになる。
「私はモンテス男爵家から自由になりたいんです。だから精霊王と契約していることがバレずに学校を卒業して、家から出て辺境の村で細々と精霊の守り人をやりたいと思っていたんですよ」
「なるほど。でも俺がミランダと結婚をしてもしなくても、さすがに精霊王と契約しているお前を国に報告しないわけにはいかない」
「……ですよね」
一番はこのまま見逃してもらうことなんだけど、さすがにそれはできない。
「話を聞いているとミランダの一番の目的は、モンテス男爵家から自由になりたいと」
「まあ、そうですね。モンテス男爵家からは絶対に出たいです」
「それなら俺と結婚したら、それは絶対に約束しよう。ミランダが嫁ぐ形になるから、モンテス家から出てマクシミリアン公爵家に住むことになると思うが」
「……」
ルカ様の提案に、私は顎に手を当てて考え込む。
なるほど、それならモンテス男爵家を出ることができる。
辺境の村でのんびり暮らすことはできないけど、今はそれが最善なのかもしれない。
でもめちゃくちゃ目立つし、今とは違う面倒な絡みや嫉妬が多くなるだろう。
「ミランダの目立つのが嫌という気持ちもわかる。俺も公爵家の嫡男で注目は受けてきたし、精霊王と契約してからはさらに酷くなった」
「やはりそうですか」
「良いことも悪いこともあったが、ミランダが逃げたくなるのも仕方ない。でもお前の力は強大で、俺がここで見逃しても今後もずっと隠し通すことは難しい」
「でも三年間、精霊魔法学校では隠し通せましたし」
「それは上手くやったようだが、精霊の守り人となったらそうはいかない。それに精霊の守り人の総司令は俺だから、いつかは俺に見つかっていた」
「私も、シルフと契約している人がいたら一発でわかりますわ」
「くっ……」
確かに精霊の守り人となる試験では、絶対にルカ様が試験官として立っていただろう。
その時にシルフの力を隠し通せるかと聞かれたら、無理だった可能性が高い。
ルカ様もディーネ様も、シルフの力を見抜いてしまうから。
「だから俺と結婚をすることを選んだ方が身のためだぞ」
「……そうかもしれませんね」
「まあ、すぐに答えを出すのは難しいだろう。しばらく考えてもいい」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。人生を決めるような選択だ、すぐには決められないのも無理はない」
ルカ様の立場だったら、私を脅して「結婚しろ」と命令できるのに。
まさか私に考える時間をくれるとは思わなかった。
意外といい人なのかもしれないわね。
「ありがとうございます」
「ああ。だが、ミランダが考えている間に俺も動くぞ」
「動く?」
「そう。例えば……んっ、着いたみたいだ」
ルカ様がそう言うと同時に、馬車が停まったことに気づいた。
そういえば馬車に一緒に乗って、精霊魔法学校に向かっていたんだったわね。
濃い話をしていたから忘れていたわ。
「学校の前に話せてよかった、礼を言う」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
ルカ様はそう言って馬車から先に降りた、その横にディーネ様も連れて。
えっ、精霊王の姿を隠さずに、精霊魔法学校の前に出たら……。
「きゃー! ルカンディ様よ!」
「えっ、隣に浮かんでいる女性は、もしかして精霊王のウンディーネ様では!?」
「ウンディーネ様が姿を現すことなんて、任務中でもないって話なのに!」
「朝からルカンディ様とウンディーネ様を見られるなんて……!」
うわぁ……馬車の外から黄色い歓声が響いてくる。
予想以上に、ルカ様は人気者のようね。
社交界で「結婚したい男性ランキング」を五年連続一位を取っているというのは本当らしい。
「ルカンディ様がこんな朝早くに精霊魔法学校に来ることなんて、初めてじゃないかしら?」
「どういう用件で来たのかしら?」
「馬車の中にもう一人いらっしゃるみたいだけど……」
あっ、マズい……。
この状況で私が馬車から出れば、今まで精霊魔法学校に通ってきた中で一番の注目を浴びてしまうのは間違いない。
「ミランダ。どうしたんだ? 早く馬車から出ないと遅刻するぞ」
「……ルカ様、嵌めましたね?」
「何のことだ?」
私が注目を浴びたくないというのに、確実に生徒たちの目をこちらに集めさせている。
馬車の入り口でこちらに手を差し伸べるルカ様を睨んでいると、彼はふっと笑った。
「ふっ、すまないな。だが俺はミランダが目立ちたいとは知らなかったし、親切で学校まで送っただけだぞ」
「それならディーネ様を出さなくてもいいですし、なんなら私だけ降りればいいじゃないですか」
「そうだな。でもお前が良い返事をするまで続けるつもりだ。俺は手に入れたいと思ったものは、何が何でも手に入れたいからな」
ルカ様はそう言ってニヤッと笑う。
いつもの無表情よりも感情が見えるが、憎たらしい笑みだ。
周りにいる人達にもこの笑顔を見せてあげたい、幻滅するだろうから。
……いや、むしろさらに黄色い歓声が上がる気がする。
顔が良いというのはズルい。
「はぁ……ルカ様」
「ん、なんだ?」
「ほんっとに、良い性格していますね」
「褒め言葉として受け取っておく」
嫌味を受け流したルカ様に、私もふっと笑ってしまう。
ルカ様が差し出した手を掴んで、私は騒がしくなるだろう学校の前に降り立った。
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