第6話 学校の親友


 学校に着いて、一時間後。

 私は最初の授業を終えてから、質問攻めにあっていた。


「ミランダちゃん、なんでルカンディ様と一緒の馬車で登校してきたの!?」

「アイナ、ちょっと声が大きいわ」

「声くらい大きくなるよ! だって友達があのルカンディ様にエスコートされてきたんだよ!」


 私の席の前でぴょんぴょんと跳ねて興奮している様子の女の子、アイナ・ミラグロス。


 下級クラスで唯一友達になった女の子だ。

 赤髪で肩くらいの長さでポニーテールをしていて、感情の表現が仕草に出る姿が愛らしい。


 身長も少し私よりも低いので、なんだかオレリアよりも妹感がある。


 私が「モンテス家の出涸らし」と呼ばれていることを全く気にせず、いつも話しかけに来てくれる可愛い友達だ。


「なんでルカンディ様にエスコートされたの? ルカンディ様とどんな関係なの? いつどこでどう出会ったの? 今後の彼とのご予定は?」


 そんな友達だが、少しやかましいのが玉に瑕だ。

 質問の仕方もよくわからないし。


「アイナってそんなにルカ様のことに興味あったの?」

「当たり前でしょ! だってルカンディ様って、社交界で「結婚したい男性ランキング」を五年連続一位を取っている超人気者だよ!」

「その俗なランキングってそんなに有名なの? 私が知らないだけ?」


 まさかアイナも知っているとは思わなかった。

 本当にルカ様って人気者なのね……いろいろと大変そう。


 薬を盛られたこともあるって言っていたし。


「ミランダちゃん、今ルカ様って呼んでたよね?」

「あっ……いや、聞き間違いじゃない?」

「聞き間違いじゃないから! えっ、もうそんな関係なの? どうなのどうなの?」


 本当にすごい質問してくるわね……。

 アイナには多少は答えてもいいかもしれないけど、他の人達には言いたくない。


 ここは教室で、下級クラスの他の生徒達が周りにいる。


 周りの人達も聞き耳を立てているのがわかる。私達以外の喋り声が全く聞こえないから。


「あとで教えてあげるから、今はちょっと待って。授業もそろそろ始まるから」

「うーん、わかった。その代わり後で絶対に教えてよ!」

「はいはい」


 私がアイナの追及を抑えると、周りにいる女生徒の何人かが舌打ちをした。

 あなた達、ちょっと露骨すぎじゃない?



 その後、私はいつも通りに授業を受けた……とは言いたかったところだけど。


 昼休み、アイナと一緒に食堂に向かうために中庭を歩いていると。


「ミランダ、ちょっと待て」


 私達の前に立ちはだかったのは、クラウス様だった。

 彼はオレリアと同じ上級クラスの生徒。


 私に一人で話しかけに来るということは、今までほとんどなかった。


「なに?」


 私はクラウス様を少し睨みながら問いかける。


 私はオレリアと双子だから顔が似ているけど、オレリアとは違い目尻が吊り上がっている。

 だから睨むと怖いと言われたことがある。


 でもクラウス様は私の顔に慣れているから、別に怯むことはないけど。


「今日、精霊の守り人の総司令、ルカンディ様と一緒に登校してきたらしいな」

「……まあそうね」


 クラウス様は直接見たわけじゃないようだけど、もう知っているようね。

 やはり噂が広がるのは早い。


「君みたいな出来損ないが、なぜルカンディ様と一緒の馬車に乗って来たんだ? どんな卑怯な手を使ったんだ」


 いきなりそんなことを聞いてきたけど、予想通りね。

 意外なのは、オレリアがいないということだ。


 もしかしてオレリアが「聞いてこい」とでも言ったのだろか?


 いや、彼女ならそんな直接的に言うことはないか。


 おそらく「私も気になるけどまだ聞けていなくて……」とか言って、クラウス様を聞かせに行くように誘導したのだろう。


 そういう面倒なことをするタイプだからなぁ、オレリアは。


「卑怯な手なんて使ってないわよ」


 むしろあちらの方から卑怯な手を使って、外堀を埋めようとしているのに。

 精霊隠しをしていたから目を付けられたというのは、卑怯というよりか軽犯罪なんだけど。


「それならなぜルカンディ様が君なんかと一緒にいたんだ?」


 クラウス様に私が精霊王と契約していることは言わない。

 言う必要もないし、言いたくもないから。


「私がクラウス様に説明しないといけない理由はあるのかしら?」

「なっ……!」


 私がそう言うと、クラウス様の顔が歪んだ。


「別に私がルカンディ様と一緒にいて、クラウス様が困るわけじゃないし」

「だが、オレリアが不安に思っているんだぞ。君がマクシミリアン侯爵家の次期当主に何か失礼なことをしていないかって」


 やっぱりオレリアに言われてきたのか。

 私がルカ様と馬車に入る前、彼が私は失礼なことはしていないって言っていたのに。


 まあどんな話をしたのかとか気になるのはわかるけど。


「別に勝手に不安に思っておけばいいんじゃない。私は何もしていないから大丈夫だけど」

「オレリアは君の妹なのに、なんて言い草だ」

「本気で言ってるの?」


 私が睨みながら言うと、クラウス様は少したじろいだ。

 オレリアは学校では私のことを馬鹿にしたりはしないけど、家ではしている。


 学校の生徒だったらオレリアが優しい人だと思っているかもしれないけど、クラウス様は違う。


 彼女が私にしていることを知っているから。


「クラウス様とオレリアには関係ないことだから、関わらないでいいわ」

「くっ……」

「ねえ、ミランダ。そろそろ行こうよ」


 ずっと隣で待たせていたアイナが私の手を引っ張ってそう言った。

 彼女はもともと待つのが苦手なので、よく待ってくれたわね。


「平民は黙っていろ。まだ僕がミランダと喋っているだろ」

「……はっ?」


 クラウス様の言葉に、私は頭にカッと血が上った。


 彼が選民思想のような考え方をしていることは知っていた。


 十二歳の時、私が精霊と契約できなかったことで婚約を破棄したから。

 だが私の友達のアイナを見下す言葉を言ったのは、カチンときてしまった。


 クラウス様は上級クラスに入っているが、実力はおそらく中級クラス程度だろう。


 契約しているのは上級精霊のようだが、彼は努力をしないから弱い。


 だけど上級精霊と契約しているというだけで、上級クラスにいる。


 アイナが努力して上級精霊を凌ぐような力を手に入れても、平民だから下級クラスにいるのに。


 もう、本当に鬱陶しいわね。

 イラつくから、ちょっと脅して退かせよう。


 シルフの力を少し解放して圧をかければ、弱いクラウス様は慄くだろう。


 でもそれをしてしまえば、確実に私が下級精霊と契約していないことがバレてしまう。


 だけど……もう、バレてもいいわね。

 ルカ様にバレているし、どうせいつか公表されることになる。


(シルフ)

(ん、私は姿を見せる?)

(いや、そこまではまだしない。ここで騒ぎにはしたくないから)


 でも、彼を尻餅をつかせるくらいの力を出したい。

 相手は風の上級精霊と契約しているけど、そこまで強くはない。


(じゃあ、これくらいかな……)


 シルフの力を少しだけ、周りにバレない程度に。

 だけど目の前にいるクラウス様には、伝わるように。


 解放する――瞬間、私を中心に風が吹いた。


「なっ!?」


 クラウス様は目を見開いて後退った。

 さすがにそこまで鈍感じゃないから、今の風がどれほど強いかなどがわかったようだ。


 うん、いい感じに手加減できたわね。


 いつも下級精霊魔法くらいにしか手加減していなかったから、少し難しかったけど。


「な、なんだその力は……!」

「え、えっ? 今のって……」


 クラウス様だけじゃなく、私の隣にいるアイナにも、私が強い力を放ったことがわかったようだ。

 アイナにも精霊王のシルフと契約していることを話したことはないから、驚いているみたいね。


「な、なんで出涸らしのミランダに、そんな力が……!」


 クラウス様はさらに驚いているし、身体を震わしている。


 彼には殺気に近い敵意を向けたから、怯えているのだろう。


「もしかしたらこれが、ルカンディ様が私を気にかけてくれた理由かもね」


 幸いにも今、中庭はほとんど人がいない。

 このくらい言っても、問題はないだろう。


「っ……」

「じゃあ、私達は行くわね」


 無様に震えて動けないクラウス様を置いて、私とアイナは食堂へと向かった。


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