第7話 ばらして、また訪問
食堂で食事をしている時に、またアイナが「どうしてどうして」と言い続けるようになってしまった。
「さっきはなんでミランダちゃんの力がそんなに強く感じたの? ミランダちゃん下級精霊魔法と契約したんじゃないの? 覚醒したの? 覚醒ミランダちゃんになったの?」
「覚醒ミランダってカッコいいけど、残念ながら違うわ」
まあ、アイナなら喋ってもいいわよね。
ここは食堂だから周りに生徒がいる。
でも私の風精霊魔法なら、私とアイナがいる空間だけに声が届かせるようにできる。
これをしたら周りの声も聞こえなくなるから、アイナはすぐに異変に気付いた。
「えっ、なんかいきなり静かに……」
「私の魔法。風で空気の壁を作るみたいな感じで、周りに声が聞こえないようにしたの。周りの音も聞こえないようになるんだけどね」
「本当に? これもミランダちゃんの魔法? こんなの、上級魔法でもできないんじゃ……」
最上級魔法ならできるかもしれないけど、精霊王のシルフじゃないとこんな簡単にはできないだろうなぁ。
「アイナ、あまり立ち上がって騒いだりはしないようにね。周りには聞こえないけど、私には聞こえてるから」
「う、うん、わかった」
「私、精霊王と契約しているの」
「……えっ?」
「風の精霊王、シルフと」
「せいれい、おう?」
「精霊王」
「……ええええぇぇぇぇ!?」
うん、寸前に耳を塞いで正解だった。
うるさすぎて鼓膜が破れるところだったわ。
アイナは驚きで叫んだ後、しばらく固まってしまった。
衝撃が大きくて立ち上がることもできず、座ったままだ。
彼女が正気を取り戻して動き出すまで数分ほど。
私は普通にご飯を食べていた。
「――はっ! い、生き返った」
「死んではないと思うけど」
「えっと……本当に、精霊王と、契約しているの?」
「うん」
「ミランダちゃんが?」
「うん」
「えぇ……ちょっと驚きすぎて逆に落ち着いちゃった。一回ご飯食べようかな」
「うん、食べよう。食べながら話せるから」
そのまましばらく食べながら、逆に落ち着いているアイナに経緯を説明する。
精霊王と契約したけど、親に利用されたくないから隠していたこと。
昨日、ルカ様にバレてしまって、求婚されていることを。
「すごいね……。うん、すごいね」
「まさかアイナの勢いや語彙力が終わるほどだとは思わなかったわ」
「いや、そりゃ私じゃなくてもこうなるよ。まさか親友がこの国でルカンディ様しか契約していないと言われていた精霊王と契約していて、そのルカンディ様に求婚されていたら、誰でも感情が行方不明になると思うよ」
確かに、いろいろと情報量が多いかもしれない。
でも事実だから仕方ない。
「ミランダのことを守ってきたけど、それも本当は必要なかったの?」
「いや、とっても必要だったし、ありがたいと思っていたわ」
アイナは本来、上級クラスに入れるくらいの実力を持っているのだ。
中級精霊と契約をしているが、下手な上級精霊魔法よりもずっと強い。
彼女の精霊魔法は位階を跳ね除けるような強さで、その強さになるために努力をしてきたのを私は見てきた。
でもアイナが上級クラスに入れないのは、平民という身分だから。
なぜか精霊は貴族が契約することが多く、平民と契約するということは滅多にない。
だからこの学校でアイナは差別されていて、どんなにいい成績を残しても上級クラスに上がれていない。
このままではアイナは卒業後に精霊の守り人になるとしても、辺境の村とかになってしまう。
王都の精霊の守り人になろうとしていたのに、アイナは……。
『ミランダちゃんがいるなら村で精霊の守り人をやるのも楽しそうだから、問題ないよ!』
とても明るく、そう言い切った。
それは私にとっても嬉しいことだったし、アイナと一緒に辺境の村で精霊の守り人をすることを楽しみだった。
でも……精霊王のことがバレたら、私は辺境の村で精霊の守り人はできないでしょうね。
「ミランダちゃん? どうしたの?」
「っ……なんでもないわ。少し考え事をしていたの」
「そう? あっ、もしかしてルカンディ様のことを想っていたの?」
アイナはニヤッと笑いながらそう言った。
私の気持ちも知らないで……でも、アイナらしいわね。
私も少し笑って話す。
「違うわよ。私はルカ様と結婚したいとは思ってないんだから」
「そうなの? でもすごい玉の輿じゃない?」
「興味ないから、そういうの。私は目立ちたくなかったのに……」
「あはは、もともとミランダちゃんは目立ってたけど、さらに目立ち始めたよね」
モンテス家の出涸らし、ということで悪目立ちをしていたけど、どちらかというとオレリアの方が目立っていた。
でもこれからはどうなるのか……はぁ、ルカ様のせいだ。
「アイナ、このことはまだ誰にも言わないでよ。今後、私が精霊王と契約していることはバレるかもしれないけど、学校に通っている間はバラしたくないんだから」
「そうなの?」
「ええ、私は平穏な学校生活を送りたいの。ルカ様にもそれは頼むつもり」
「なるほどね……でも、私には話してくれたんだ?」
「そりゃ、アイナは友達だから」
「ふふっ、嬉しい! 私もミランダのこと大好きだよ!」
「はいはい、ありがと」
私達はそんなことを話しながら昼食を食べて、教室へと戻った。
学校が終わり、放課後。
私はいつも通り歩いて家へと向かう。
昨日は近道で路地裏を使ったら悪霊がいて、それを倒したらルカ様に見られてしまった。
だから今日は遠回りだけど、大通りの方を歩いていった。
途中でモンテス男爵家の紋章が書いてある馬車が通りかかったのが見えたけど、あれにはオレリアが乗っているのでしょうね。
オレリアの方が遅く学校を出たのに、馬車で歩かずに家に早く着いている。
まあ、いつものことだ。
こうしてゆっくり歩いて帰るのも悪くはない。
そう考えていると、私にだけ聞こえてくる声でシルフが話しかけてきた。
『それで、ミランダ。あの求婚の話は受けるの?』
(どうしようね……いや、もう拒否権なんてあってないようなものじゃない?)
『そう? 私と一緒にこの国を出て全く違う土地で生活する、というのも手よ?』
(いや、それは面倒すぎる……)
確かに国を出るというのも昔は考えたけど、言語も違う国で生活していくのは厳しすぎる。
それに、この国にはアイナもいるから。
彼女と別れるのは寂しいわね。
『じゃあ受けるの?』
(うーん、そうね。いろいろと条件を付けたいところだけど、聞いてくれるかな)
『まあ言ってみるのはありじゃない?』
(そうね、次に会った時に話してみよう)
そんな会話をしながら家に戻ると、なにやら家の前に見覚えのある馬車が停まっている。
あの豪華な馬車と紋章は、私が今日学校行く時に乗った馬車と全く同じものだ。
つまり……。
「やっと帰って来たんだな」
馬車の中から安定の無表情を引っさげて、ルカ様が降りてきた。
まさかまた家まで来ているとは。
「王都の精霊の守り人って暇なんですか?」
「まさか。忙しい中を縫って会いに来ているんだ」
「それは嬉しいですね」
「嬉しいなら少しでも口角を上げてくれたら、俺も素直に喜べるが」
嫌味を言っても意外と乗ってくれる。
ルカ様のそういうところは嫌いじゃないけど。
「ミランダは学校からは歩きで帰っているんだな。妹は普通に馬車のようだが」
「あれはモンテス家の馬車ではなく、妹専用の馬車です。私は乗れません」
「……なるほど」
なんか身内の恥を晒しているみたいで気まずいわね。
私は全く気にしていないんだけど、ルカ様は眉をひそめている。
「それで、また来たんですね」
「ああ。お前の答えが聞きたくてな」
「早くないですか?」
「意外とせっかちなんだ」
「はぁ……とりあえず家に上がります? 私も着替えたいので」
「そうだな、邪魔させてもらう。先程、お前のご両親に中で待ってくれと言われたが、面倒だから入らなかった」
「それが正解です」
あの人達はマクシミリアン公爵家の嫡男で、精霊の守り人の総司令と繋がりたいという気持ちでもてなしてくれるだろうが、ルカ様はそういうのが嫌いだそうだ。
「多分、私が着替えている間はうるさいと思いますが、我慢してください」
「ミランダが早く来るのを強く願っている」
うん、なんとなくだけど遅く着替えよう。
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