第8話 嫌いだから条件を


 その後、私が屋敷に入るとすぐに両親とオレリアが、ルカ様を出迎えた。


 私はそれを横目に見ながら自室へと戻った。


 ルカ様は応接室に案内されることだろう。

 私は自室で制服を脱いで着る服をゆっくりと悩んで、最終的に外行き用のドレスに着替えた。


 部屋着でもいいと思ったけど、さすがにそれはやめておいた。


 私が応接室に行ってドアを開けると、ルカ様が座っているソファの対面に両親とオレリアが座っていた。


 やっぱり家族総出で対応していたようね。


「お待たせしました」

「っ、ミランダ、お前など待っては……!」

「待っていたぞ、ミランダ」

「あ、ああ……そうでしたな」


 私の言葉に反射的にお父様が罵倒の言葉をぶつけようとしたが、ルカ様が遮った。

 今のは意味がわからない反射だったわね。


 ルカ様は私のことしか待っていないのに。


「遅かったわね、ミランダ。ルカンディ様が待っていたのに、お待たせしすぎよ」

「すみません、お母様。私にはメイドがついてくれないので、準備に時間がかかるのです」

「そうか、モンテス男爵家ってメイドが足りないんだな。それなら仕方ないだろう」

「っ……」


 お母様が言ってきた嫌味に返したら、ルカ様も私の方に乗ってくれた。

 モンテス男爵家の中で私を不当に扱っていると言うのか、伯爵家は貧乏でメイドを雇う金がないと言うのか。


 どちらを言ってもモンテス家の恥なので、お母様は黙り込んでしまったようだ。


「さて、俺はミランダと二人きりで話がしたいんだが」

「は、はい、かしこまりました」


 ルカ様がそう言うと、両親とオレリアが立ち上がった。

 そのまま出て行くかと思ったが、オレリアが「あの……」と話し始める。


「姉のミランダが、ルカ様に何か不敬なことをしたのでしょうか?」

「ん……どうしてそう思う?」

「お姉様は粗暴が悪いと学校でも有名で……ルカンディ様にご迷惑をおかけしていたのなら、申し訳ございません」


 うわぁ、出た。オレリアの良い子ちゃん言動だ。

 学校ではいつもこんな感じだけど、ルカ様の前でもやるとは。


 目を潤めて上目遣いをして、健気で姉想いの妹いうような感じだ。


 周りの生徒にはバレていないし、刺さりまくっている言動だけど。


「いや、迷惑なんてかけていない」

「そうですか? それならよかったのですが」

「ああ。迷惑をかけているならこの場で伯爵家夫妻に言う。それがないってことは迷惑をかけていないとわかるだろう?」

「あっ……そ、そうですね」

「意図してなのかしてないのかわからないが、ミランダの評判をわざわざ下げるような行動は避けたほうがいいだろうな」

「っ……すみませんでした。以後気をつけます」


 やはりルカ様には効かないようだ。

 学生には全然効いたけど、公爵家の次期当主で精霊の守り人の総司令には見抜かれたみたいね。


 オレリアは少し恥ずかしそうに顔を赤らめてから、頭を下げた。


 そして両親と共にこの部屋から出て行った。


 すれ違う時に睨まれたけど、逆にいつもよりも可愛げがあったわね。


「ルカ様、我慢させてすみませんでした」


 私はルカ様の目の前に座りながら話し始める。


「本当だぞ、ミランダ。こんなに不快になったもてなしは久しぶりだった」

「初めてじゃないのが可哀想ですね」

「これ以上の最悪は、薬を盛られたくらいだ」


 薬を盛られる手前くらいに最悪だったというもてなしはすごいわね。

 うちの両親だったら予想通りだけど。


「ずっとオレリア嬢のいいところを言ってきて、婚約者にどうかとずっと遠回しに聞いてきた。最後にはウンディーネを見せてほしいとも言ってきたな」

「うちのアホな両親がすみません。ですがそう思うと、オレリアはどうなんですか?」


 オレリアは水の最上級精霊と契約しているはずだ。


 彼女ならディーネ様にルカ様の婚約者として許されそうだけど。


「一応聞いてみたがな」

『絶対に嫌ですわ』


 そう言いながら、ディーネ様がルカ様の隣に姿を現した。

 それと同時に私の横にシルフも現れた。


「確かに水の最上級精霊と契約していましたが、あんな性格悪い女はルカに相応しくありませんわ」

「あっ、そうなんですね」

「腹黒いのが丸見えすぎて、水の最上級精霊との契約を破棄させようかと思いましたわ」

「えっ、そんなのできるんですか?」


 他人の精霊との契約を破棄なんて、聞いたことがない。


「精霊王なのですから、もちろんできますわ。まあ、同じ属性の精霊しかできませんが」

「じゃあ、シルフも他人の風の精霊の契約を破棄できるの?」

「できるわよ。指一本をふいっとやれば、一秒で破棄できるわ」

「そうだったんだ……」

「下級から最上級精霊まで、人間と意思疎通は取れないと言っても感情はあるから。精霊達が契約した人間のことが嫌いになったりしたら、普通に破棄するわよ」

「なるほどね」


 確かに今まで精霊魔法で悪いことをして捕まった犯罪者が、精霊魔法が使えなくなったという事例があったはず。


 あれは精霊の怒りを買った、というような現象だと言われていたけど、それぞれの属性の精霊王が契約を破棄していたのね。


「でも悪いことをしても契約破棄しないこともあるわよね?」

「あれは精霊が嫌がっていないからよ。別に嫌がらなければ物を盗んでも人を殺しても、契約破棄しないわ」

「そ、そうなんだ」


 精霊にもいろんな性格の精霊がいるのね。

 私はシルフに契約破棄されないように気を付けよう。


 シルフは人を数千人殺さなければ大丈夫、と言っていたから、問題ないだろうけど。


「話を戻すが、やはり俺が結婚できるのはミランダだけだ」

「うっ……そうなりますか」

「そうなる」


 ルカ様が頷くのを見て、私は視線を下に落としてため息をつく。

 もう私も覚悟を決めるしかない。


「わかりました。ですが、契約をしたいです」

「契約?」

「はい。結婚をするにあたって、いくつか約束してほしいことがあります」

「……ふむ、とりあえず聞こうか」


 ルカ様は無表情のままだけど、どこか楽しそうにしている。


「まず、目的確認です。ルカ様は公爵家の当主になるために私と結婚するのですよね?」

「そうだな」

「それって、一回結婚して当主になれば、離婚しても問題ないですよね?」


 私の言葉に、目を丸くしたルカ様。

 そして顎に手を当てて少し考えている様子。


「……まあ、確かにそうだな」

「ですよね」

「一回当主になりさえすれば、よほどのことがない限りは当主の座を引きずり降ろされることなんてないな」

「じゃあ離婚しても問題ないということですね」

「だが結婚して当主になってすぐに離婚、というのはさすがにできない」

「もちろん、それはないと思います。ですが、一年後に離婚したのなら?」

「……問題ないかもな」

「はい、つまり――結婚期間は、一年間ということにしたいです」


 私の言葉に、ルカ様がニヤッと笑った。


「ふっ、なるほど。そう来たか」

「これがまず一つ目の条件です」

「一つ目ということは、他には?」

「まずは一つ目の条件を受けてくださるか聞きたいのですが」

「ふむ……別に問題はない。だが逆にいいのか?」

「何がですか?」

「俺とミランダでは、離婚した後の周りの対応が全く違うはずだ」


 まさか私のことを心配してくれるとは

 離婚後の周りの対応は、確かに男性と女性とでは全く違う。


「俺は離婚しても失うものは特に何もない。誠実じゃない男だと多少は思われるかもしれないが、その程度。だが令嬢であるお前は違う」

「そうですね。社交界では針のむしろになるでしょうし、モンテス男爵家には捨てられるでしょう」


 男性は離婚した後でも、魅力的な男性であればまた言い寄られることが多い。


 ルカ様ほどの男性だったら、もちろんすぐにお見合いの話が湧いて出てくるだろう。


 でも私は、男に捨てられた可哀想な女というレッテルを張られる。


 お見合いの話など来るわけもなく、言い寄られるとしたら不誠実な男に一晩買ってやるみたいなことを言われるだろう。


 そんな不名誉な令嬢をモンテス男爵家の両親が家に置いておくわけもない。


「いいのか?」

「もちろん。むしろモンテス男爵家から出られるなら本望です」

「ふっ、なるほど。それなら問題はないかもしれないが……俺は結婚したら、ミランダを愛せるかどうかはわからないが、妻として真摯に接するつもりだぞ」


 確かにまだ接してみて間もないが、彼ならこの家の両親や妹のように無視したり、罵倒をすることはないだろう。


 でもやはり……。


「結婚して一生を添い遂げる相手に、外堀を埋めて脅してくるような人は嫌ですから」


 私は渾身の笑みを作って、ルカ様にそう言い放った。

 別にルカ様のことは嫌いじゃないけど、好きではない。


 私の言葉を聞いたルカ様は、今までで一番呆けたような表情をして。


「――あははははは!」


 子供のように大きな声を上げて笑った。

 まさかあの無表情の鉄仮面を付けているルカ様が、満面の笑みになるとは。


 いやだけど、そこまで笑われるようなことを言った覚えはないんだけど。


「笑いすぎじゃないですか?」

「ふふふ……すまないな。俺は想像以上に嫌われているようだ」

「脅しておいて、嫌われない自覚があったのですか?」

「令嬢に嫌われる経験はほとんどなくてな。この顔と地位だから」

「自分で言うのもすごいですね」

「それだけ好かれることの方が多かったんだ、鬱陶しいほどにな」


 確かに薬を盛られて既成事実を作られそうになった、というだけの顔ではある。


 私も綺麗な顔をしていると思うけど、遠くから見るだけでよかったのに。


 まさかこんな人に脅されて結婚を迫られるとは、夢にも思わなかっただろう。


「それで、他の条件は?」



 ルカ様はまだ大笑いした名残で、令嬢に好かれそうな笑みを浮かべたまま問いかけてきた。

 私はその後、複数の条件を話したが……全てを笑顔で聞いたルカ様だった。



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